8-5 冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか
冠動脈の WSS は、どう計算すれば再現できるのか
冠動脈の WSS は形状の取得方法、分岐の扱い、入口流量、格子、血液の模型で変わります。側枝を省くと WSS の中央値は 2.54 Pa から 4.37 Pa に上がりました。専門家推奨は再構成と格子収束の手順を示しています。
冠動脈の WSS は直接測れず、画像から再構成した形状で流れを計算して求めます。8-4予後研究の記事で見たとおり、閾値は研究ごとに桁が違います。冠動脈の WSS を研究間・施設間で比べられる形にするには、計算の各段階で何を揃えればよいのでしょうか。
冠動脈の形状を取得する画像の選び方
冠動脈 WSS の専門家推奨1は、画像の種類ごとの空間分解能と、研究の目的に応じた選び方を示しています。
| 画像 | 空間分解能 | 推奨される用途 |
|---|---|---|
| 侵襲的造影(3次元再構成) | 画素 150〜250 μm | 血管内画像が使えない低リスク患者で、WSS と FFR を評価 |
| 冠動脈 CT | 240〜500 μm | 同上。冠動脈樹全体と分岐部の評価に向く |
| IVUS と造影または CT の融合 | 65〜150 μm | プラークの進展と組成の変化を調べる研究 |
| OCT と造影または CT の融合 | 12〜18 μm | 線維性被膜などの微細構造、ステント留置部 |
| MRI | 1000〜1340 μm | 冠動脈の形状の再構成には推奨しない |
推奨文書は、造影ベースの WSS の精度には議論がある一方で、FFR のように形状の細部に鈍い量では根拠が強いと書いています。4-4第4章の分解能の記事で扱ったとおり、壁際の速度勾配から作る量は、内腔の形状の誤差を直接受けます。
冠動脈口からの再構成と分岐の扱い
推奨文書は、二次流れが自然に発達するよう、左右とも冠動脈口から関心領域までを再構成し、関心領域の直前の分岐を含めることが、局所の WSS 分布を正しく計算するために不可欠だとしています。
分岐を省くと何が起こるかを示したのが、右冠動脈17例を側枝ありと側枝なしで解き比べた研究2です。側枝を省くと、主幹の流量が側枝の分だけ減らないため、WSS の中央値が 2.54 Pa から 4.37 Pa に上がり、同じ点の差は最大 12.0 Pa に達しました。側枝による主幹の流量の減少は、健常で36.8%、冠動脈疾患で62.6%(いずれも中央値)でした。差は分岐部だけでなく、狭窄部と強い湾曲部にも及びました。
IVUS だけで再構成すると側枝が入らないため、造影と融合して側枝を加える方法が使われます。
入口流量と分流の決め方
| 方法 | 用いた研究 |
|---|---|
| 造影剤が区間を通過する時間(3次元の体積から) | Stone 20033、PREDICTION4 |
| 冠動脈内ドップラーの実測流速 | Samady 20115、Wellnhofer 20102 |
| 造影剤の3次元の速度と Murray 則による分流 | Kumar 20186 |
| 心筋量と血管径から決めた集中定数模型(最大充血) | EMERALD 20197 |
推奨文書は、患者ごとの流量がなければ、血管径から平均流速を推定する相似則を使ってよいとしています。分岐の流量配分の指数(Wellnhofer らは径の2.6乗、Murray 則は3乗)も、WSS の絶対値を変える仮定です。
格子・血液の模型・拍動の扱い
| 計算の選択 | 推奨・報告された影響 |
|---|---|
| 格子 | 細分化ごとの WSS の差が3%以内になるまで収束を確かめる(推奨) |
| 血液の模型 | Carreau-Yasuda などの1-3剪断減粘性の模型を使う(推奨) |
| 壁の運動 | 心臓の運動を含む流体構造連成の有無で、時間平均 WSS の差は約5%(推奨文書の引用) |
| 拍動 | 時間平均 WSS の分布なら定常計算との差は平均7%未満(Wellnhofer 2010)。OSI などの時間成分には拍動計算が要る |
| 入口・出口付近 | 入口から血管径の1〜2倍、出口の手前0.5〜1倍の範囲は境界条件の影響を受けるため解析から除く(推奨) |
血液の粘度の仮定は、WSS の絶対値に直接効きます。6-3第6章の不確かさの記事で扱った冠動脈の研究では、WSS の絶対値を左右する最大の要因が血液粘度でした。
ステント留置部の計算
ステントを留置した部位では、ストラットの周りに数十 μm の小さな渦ができます。ステントを入れた冠動脈の3次元計算8では、ストラットの前後に低 WSS の淀みができ、血流を増やした条件では最小 WSS がステントのない血管より出口で77%低くなりました。
推奨文書は、ストラット周りの流れを解くには、ストラットの高さを約10要素で分割する細かい格子が要り、形状の取得には IVUS より OCT が優れるとしています。ステントの内皮化が進んだ後の平滑な内腔で計算した WSS でも、留置直後の低い WSS が新生動脈硬化を予測したという報告も紹介しています。
冠動脈の WSS 解析で記録すべき条件
冠動脈の WSS を報告するときは、次の項目を条件として残すと、他の研究と比べられるかどうかを読者が判断できます。
| 項目 | 記録する内容 |
|---|---|
| 形状 | 画像の種類と空間分解能、再構成の範囲(冠動脈口から含めたか)、含めた側枝 |
| 入口と出口 | 流量の決め方、分流の指数、安静時か最大充血を模したか |
| 格子 | 収束試験の結果 |
| 血液 | ニュートン流体か剪断減粘性の模型か、粘度の数値 |
| 時間 | 定常か拍動か |
| 後処理 | 時間平均か瞬時か、区間の平均か最小値か、除外した入口・出口の範囲 |
引用文献(8 本)
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1
Gijsen F, Katagiri Y, Barlis P ほか. Expert recommendations on the assessment of wall shear stress in human coronary arteries: existing methodologies, technical considerations, and clinical applications. European Heart Journal. 2019.↩
冠動脈 WSS の計算手順を29名が推奨 入口は冠動脈口から、格子は収束3%以内、MRI は形状に不適
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4
Stone PH, Saito S, Takahashi S ほか. Prediction of progression of coronary artery disease and clinical outcomes using vascular profiling of endothelial shear stress and arterial plaque characteristics: the PREDICTION Study. Circulation. 2012.↩
大きなプラークに低い内皮せん断応力が重なると1年で41%に PCI どちらも無ければ92%が進行せず
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ここで答えていない問い
- 冠動脈の WSS は、臨床判断にどこまで使える段階にあるのか。
第8章「冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか」より 最終更新 2026-10-02