6-3 同じデータから同じ答えが出るか

入力のばらつきは、どの量に効くのか

粘度・速度・圧・密度のばらつきを伝播させると WSS の空間中央値は 0.47〜1.33 Pa の幅で動きます。寄与は粘度 0.59、速度 0.40。ただし空間分布は保たれました。

前の記事までで、ばらつきの原因が入力条件にあることが分かりました。では、どの入力がどれだけ効くのでしょうか。

これに答えるには、入力を1点の値ではなく確率分布として与え、出力のばらつきと各入力の寄与率を計算する必要があります。不確かさ定量と呼ばれる手続きです。

何がどれだけ効いたか

冠動脈 CFD に不確かさ定量を組み込んだ報告は、定常流の患者個別モデルで、粘度・速度・圧・密度のばらつきを分布として与え、多項式カオス展開で伝播させました。

結果、壁面せん断応力の空間中央値は 0.47〜1.33 Pa の幅で動きました。約3倍の幅です。

寄与率は次のとおりです。血液粘度が約 0.59、流速が約 0.40。この二つでほぼ全部で、密度と圧はほとんど効きません。

粘度がいちばん効くという事実

これは第1章の図で確かめた構図と一致します。壁面せん断応力は「速度勾配 × 粘度」なので、粘度は掛け算の係数として値の絶対値をそのまま動かします。

問題は、粘度が測定されることが稀だということです。たいてい文献の代表値が使われます。第3章で読んだ腹部大動脈の研究も、0.00384 Pa·s を仮定していました。前の記事で見たチャレンジでは、参加チームの粘度が 3.5 と 4.0 cPoise に二分され、それだけで13%の差を生んでいました。

著者らは、ここに患者個別の測定を入れることが不確かさ低減の近道だと述べています。ヘマトクリットから推定するだけでも、代表値をそのまま使うより前進します。

いちばん重要な結果

この報告のもっとも重要な結果は、値の幅ではありません。

値そのものは3倍の幅で振れるのに、高い場所と低い場所の空間パターンは保たれた。

第3章で「壁面せん断応力は実体に対応するが、絶対値は比較できない」と書きました。第6章の前半で「分布は一致するが絶対値は3〜5倍ちがう」と書きました。ここでその両方が、入力の不確かさという別の角度から数字で裏づけられています。

絶対値の比較には慎重に、分布の比較には自信を持てる。

この一文が、連載を通じて繰り返し現れた結論の、もっとも簡潔な形です。当社が指標の絶対値より分布・相対比較を勧める理由が、ここに定量的な根拠を得ています。

この記事で出てきた言葉

不確かさ定量
入力を1点の値ではなく確率分布として与え、出力のばらつきと各入力の寄与率を求める手続き。

この記事で読む文献(1 本)

文献一覧
Journal of Biomechanical Engineering 2026 解析実務に直答 技術動向

WSS の絶対値を左右する最大要因は血液粘度 入力のばらつきで 0.47〜1.33 Pa の幅

冠動脈 CFD に不確かさ定量を組み込む — 入力のばらつきは WSS のどこに効くか

定常流の患者個別冠動脈モデルで、粘度・速度・圧・密度のばらつきを確率分布として与えて伝播させると、WSS の空間中央値は 0.47〜1.33 Pa の幅で動きました。寄与は粘度が約 0.59、速度が約 0.40 で、この2つでほぼ全部。密度と圧はほぼ効きません。一方で高低の空間分布そのものは保たれました。絶対値の比較には慎重に、分布の比較には自信を持てる、ということです。

ここで答えていない問い

  • モデルはどこまで作り込む必要があるのか。壁を動かさなくてよいのか。

第6章「同じデータから同じ答えが出るか」より 最終更新 2026-09-07