頸動脈分岐では剛体壁 CFD と FSI の差は面積で中央値 4.1%。深層学習ベースと CFD ベースの CT-FFR は AUC 0.903 対 0.888 で有意差なし。
前の記事で、入力の不確かさが分かりました。では、モデルの側はどこまで作り込むべきでしょうか。「より複雑にすれば正しくなる」とは限りません。
壁を動かす必要があるか
血管壁は拍動で伸び縮みします。それを無視して壁を固定した剛体壁 CFD で解いてよいのか、というのは繰り返し受ける相談です。
頸動脈分岐10例を対象にした FSI と剛体壁 CFD の対比較が、これに正面から答えています。流体構造連成(FSI)は血流と壁の変形を相互に連立して解く手法で、計算コストは剛体壁より大きく上がります。
同じ10形状に両方を走らせた結果、低 TAWSS・高 OSI・高 TSVI にさらされる面積の差は、中央値で 4.1%・1.4%・2.3%。分布の重なりを表す類似度指数は 0.83・0.79・0.68 でした。
結論は「頸動脈分岐の範囲では剛体壁 CFD で足りる」。臨床的に意味のある特徴は剛体壁で捉えられ、FSI が要るのは壁応力そのものを見たいときです。
特筆すべきは、比較対象に TSVI(WSS 位相幾何の時間変動)やヘリシティといった、壁の動きに敏感と考えられていた新しい指標まで含めている点です。それでも差は小さかった。
ただし著者らは、この結論が変形量に依存することも明記しています。肺動脈自家移植片のように大きく動く構造では剛体壁仮定が破綻した先行報告を引き、頸動脈で成立したことをそのまま他部位に持ち込まないよう注意を促しています。
物理を解かない選択肢
もう一つの方向は、物理方程式を解く代わりに、学習した関係から結果を出す学習ベースの代替モデルです。速さは圧倒的に違います。
同一コホート277枝での深層学習ベースと CFD ベースの CT-FFR の直接比較では、AUC は深層学習 0.903、CFD 0.888(DeLong 検定 p = 0.33)。感度はともに 91.7%。血管・心位相・施設をまたいでも差は出ていません。
同等、という結果です。
ただし解釈には条件がある
著者ら自身が慎重な読み方を求めています。
両手法の入力は同じ CT の内腔形状です。 どちらも同じ情報から出発しています。
近年の学習ベース製品は、内部に生理学的な規則や低次元の血行動態モデル、CFD 由来の教師データを取り込んでいる可能性があります。 つまり「物理を使わずに同等」の証明ではありません。
陰性が34例しかない偏ったコホートです。 特異度 59〜63% という絶対値をそのまま自施設に当てはめることはできません。
したがってこの研究の主張は限定的です。標準的な撮像条件かつ選ばれた集団では、両者が同じ情報を出す。それだけです。学習ベースの速さと物理ベースの説明可能性のどちらを取るかという議論の、現時点での事実関係の整理として読めます。
「作り込む」の意味
この二つの研究が示しているのは、同じ形の教訓です。モデルの複雑さは、目的に対して選ぶものであって、多いほど良いものではありません。
壁応力を見たいなら FSI が要る。低ずり域の広さを見たいなら剛体壁で足りる。速さが要るなら学習ベース、根拠を説明する必要があるなら物理ベース。
第4章で「指標の選択は分解能から逆算できる」と書きました。ここでは「モデルの選択は目的から逆算できる」ということになります。