8-6 冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか
冠動脈の壁面せん断応力は、臨床判断にどこまで使えるのか
低い WSS はプラークの進展と、高い WSS はプラークの不安定化と心筋梗塞と関連し、形態や FFR に上乗せの情報を持ちます。一方、単独での予測精度は十分でなく、WSS を標的にした治療の転帰を検証した試験はありません。
第8章では、冠動脈で計算した壁面せん断応力と、プラークの進展・組成の変化・破裂・心筋梗塞との関係を、一次研究に戻って扱いました。示されたことと示されていないことは、根拠の強さとともに次の表のとおりです。
冠動脈の WSS について示されたこと
| 主張 | 根拠 | 強さ |
|---|---|---|
| 低い WSS の部位でプラークが進展する | Stone 20031、Samady 20112、PREDICTION3 | 中程度(主要評価項目のプラーク面積は PREDICTION で予測できず) |
| 低い WSS はプラーク量に上乗せして病変の進行を予測する | PREDICTION3で陽性的中率22%→41% | 中程度(該当は6%、症状のある事象は少数) |
| 低い WSS の部位の血管リモデリングの向き | Stone 2003(外向き)と Samady 2011(内向き)で逆 | 一致していない |
| 高い WSS の部位でプラークの組成が不安定化する | Samady 20112 | 弱い(20例、VH-IVUS の推定) |
| 破裂の位置と局所的に高い WSS が一致する | Fukumoto 20084 | 弱い(20例、後ろ向き、因果は示さない) |
| 高い WSS は FFR に上乗せして心筋梗塞を予測する | Kumar 20185 | 弱い(29例の事後解析) |
| 血流指標は形態とプラーク性状に上乗せして責任病変を見分ける | EMERALD6 | 弱い(72例、後ろ向き、最有力は ΔFFRCT) |
| WSS を標的にした治療で転帰が良くなる | 検証した試験は無い | 示されていない |
専門家推奨7は、現在の方法で求めた WSS は、臨床的に重要なプラークの進行を正確に予測するのに十分な感度・特異度を持たないと書いています。計算評価の総説8も、冠動脈の CFD の臨床的な有用性を検証した転帰主導の無作為化試験が乏しいとしています。
1 Pa・7 Pa の区分の位置づけ
3-3第3章の冠動脈の閾値の記事で紹介した、1 Pa 未満・1〜7 Pa・7 Pa 超の区分は、専門家推奨7の表が出典です。その数値の多くは、培養内皮の実験条件(動脈硬化を起こしやすい条件として 0±0.5 Pa、正常として 1.2〜1.5 Pa、上昇として 7.5 Pa)と、少数の生体計測(健常ヒト冠動脈の時間平均 WSS 約 1.4 Pa)から来ています。
一方、予後研究で使われた閾値は、8-4予後研究の記事で見たとおり、計算条件によって 0.98 Pa から 15.47 Pa まで桁が違います。1 Pa・7 Pa の区分は、低い・高いという方向を示す目安としては使えますが、施設をまたいで患者を分類する診断閾値として検証された数値ではありません。
冠動脈の WSS を臨床の文脈で説明するときの書き分け
冠動脈の WSS には、低い値と高い値が別々の経路でプラークに関わるという二面性があります。2-2第2章の閾値依存で見たように、「低い」「高い」の境界の置き方で結論が変わる余地もあります。
| 書き分ける項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| どの WSS か | 時間平均か瞬時か、安静時か最大充血を模したか、区間の平均か最小値か |
| どの方向の異常か | 低い WSS(進展と関連)か、高い WSS(不安定化と関連)か |
| 何に上乗せした情報か | プラーク量・形態・FFR に加えたときの予測の改善か、単独の予測か |
| 何を意味しないか | 単独で将来の事故を言い当てること、治療の対象になること |
第7章と第8章を通した冠動脈の血流解析の位置
7-11第7章のまとめで扱ったとおり、狭窄による圧の低下を表す FFR は、治療しない病変を選ぶ判断で臨床に定着しました。壁面せん断応力は、狭窄の圧の低下とは独立した情報として、プラークの行く先と事故の予測に上乗せの価値を示し始めた段階にあります。
どちらの指標も、心外膜の冠動脈の形状と、境界条件として仮定した流量から計算されます。計算結果を説明するときに、形状から得た情報と仮定した情報、診断の精度と治療の効果を区別して書くことは、第1章から第6章で扱った値の読み方を冠動脈に当てはめたものです。
引用文献(8 本)
- 1
- 2
-
3
Stone PH, Saito S, Takahashi S ほか. Prediction of progression of coronary artery disease and clinical outcomes using vascular profiling of endothelial shear stress and arterial plaque characteristics: the PREDICTION Study. Circulation. 2012.↩
大きなプラークに低い内皮せん断応力が重なると1年で41%に PCI どちらも無ければ92%が進行せず
-
4
Fukumoto Y, Hiro T, Fujii T ほか. Localized elevation of shear stress is related to coronary plaque rupture: a 3-dimensional intravascular ultrasound study with in-vivo color mapping of shear stress distribution. Journal of the American College of Cardiology. 2008.↩
破裂したプラーク20例、局所的に高い壁面せん断応力の位置と破裂部位が一致(κ=0.79)
- 5
- 6
-
7
Gijsen F, Katagiri Y, Barlis P ほか. Expert recommendations on the assessment of wall shear stress in human coronary arteries: existing methodologies, technical considerations, and clinical applications. European Heart Journal. 2019.↩
冠動脈 WSS の計算手順を29名が推奨 入口は冠動脈口から、格子は収束3%以内、MRI は形状に不適
- 8
第8章「冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか」より 最終更新 2026-10-02