7-9 冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか

冠動脈バイパスのグラフトは、なぜ自己冠動脈と血流を奪い合うのか

自己冠動脈の狭窄が軽いと、グラフトと自己冠動脈が同じ領域へ血流を奪い合い、グラフトに逆流が生じます。グラフトの配置、中枢側吻合の向き、末梢側吻合の長さが局所の血流と壁面せん断応力を変えることが、数値流体解析で示されています。

冠動脈バイパスのグラフトは、狭窄の先の冠動脈に血液を届ける並列の通り道です。自己冠動脈の狭窄が強ければ、血液は抵抗の低いグラフトを主に流れます。狭窄が軽いと、自己冠動脈とグラフトの両方から同じ領域に血液が届き、互いの流れを打ち消し合います。この状態を競合血流と呼びます。

自己冠動脈の狭窄度とグラフトの血流の向き

全動脈グラフトのバイパス395例・1571本の術後造影を調べた研究1は、グラフトを「開存しているか」ではなく「血流がどちらに流れているか」で評価しました。順行、競合、逆流、閉塞の四段階に分け、逆流のグラフトは開存していても灌流に寄与しないとして、機能していないと数えています。

開存率は98.6%でしたが、順行性の血流は91.3%でした。標的の自己冠動脈の狭窄が軽いほど、順行流の割合は下がりました。

標的枝の狭窄度 順行流 逆流
51〜75% 86.0% 8.4%
76〜90% 92.9% 3.4%
91〜100% 98.8% 0%

順次・複合グラフトでは、グラフトの各区間で中枢側の圧が末端側より高いことが順行流の条件で、中等度狭窄の枝をグラフトの末端に置くと逆流しやすいと著者は考察しています。両側の内胸動脈を使い、I 字の複合グラフトの向きを選んで中等度狭窄の枝を末端に置かない方針に変えると、機能するグラフトの割合が92.4%から95.8%に上がりました。

グラフトの配置による逆流と血流配分

造影では各枝の血流を同時に定量できません。左前下行枝と対角枝のグラフト配置を理想化模型で比べた研究2は、正常冠動脈10例の平均形状から左冠動脈の模型を作り、3種類の配置で拍動流を解きました。境界条件には、圧と流速を同時に測るワイヤーで実測した冠動脈の圧と流量の比(インピーダンス)を使っています。

配置 対角枝の狭窄が軽い場合 対角枝の狭窄が重い場合
独立した静脈グラフト 収縮期に対角枝から左前下行枝へ逆流し、内胸動脈の血流が減る —
順次吻合 拡張期の逆流が左前下行枝への追加の血流として働く —
Y 字の複合動脈グラフト 逆流は生じない 血流が対角枝に分かれ、左前下行枝の血流が他の配置より約10%低い

内胸動脈から左前下行枝への血流は、収縮早期と収縮後期に減り、拡張期に保たれました。7-1冠動脈の血流の基礎の記事で扱った、心筋内圧が収縮期に冠血流を絞る性質が、グラフトの血流にも現れています。

中枢側吻合の向きと壁面せん断応力

遊離グラフトの中枢側吻合の向きを比べた研究3は、上行大動脈の長軸に平行に心尖部へ向ける吻合と、長軸に直角で最短経路をとる吻合を、同じく理想化模型で比べました。

平行な吻合では収縮早期に吻合部で流れが剥離し、最小の1-2壁面せん断応力は 0.53 Pa、1-6OSIは0.46でした。直角な吻合では剥離がなく、4.09 Pa と0.04でした。グラフトも 3.6 cm 短くなり、流量は5%多くなりました。冠動脈への血流源が、収縮期には上行大動脈の順行流、拡張期には大動脈弓からの逆行流であり、大動脈の軸に直角な吻合ではどちらの時相でも流入が安定するという説明です。

著者は、OSI と静脈グラフトの長期開存の因果は証明されていないと明記しています。

末梢側吻合の長さとエネルギー損失

末梢側吻合の切開長を比べた研究4は、理想化形状ではなく、熟練外科医が訓練用模型に手縫いした吻合を micro-CT で撮像して解析しました。10 mm の吻合は4 mm より断面積が大きく(28.67 mm² と 8.89 mm²)、吻合角が小さく(10.2° と20.6°)、5-5エネルギー損失は 34.78 μW と 77.10 μW で半分以下でした。4 mm の吻合では流れの向きが2回急に変わり、つま先側で剥離が起きました。

グラフト設計の解析で記録すべき条件

三つの計算研究は、いずれも剛体壁で、患者固有ではない形状を使っており、計算結果と臨床のグラフト開存との対応は検証していません。それでも、グラフトの配置・中枢側吻合の向き・末梢側吻合の形が局所の血流を大きく変えることは、7-8前の記事で扱った「グラフトの開存は自己冠動脈の FFR と相関しなかった」という臨床の観察と整合します。

記録すべき条件 理由
自己冠動脈の狭窄度 狭窄が軽いと競合血流と逆流が生じる
1心拍内の流量波形 収縮期と拡張期で逆流の向きが変わる
出口の境界条件の与え方 実測インピーダンスか集中定数模型かで波形の位相が変わる
吻合部の形状の出どころ 理想化形状か、実際の縫合形状か
拍動の有無 定常計算では OSI のような時間成分の指標が得られない

この記事で出てきた言葉

競合血流
冠動脈バイパスで、自己冠動脈の狭窄が軽いためにグラフトと自己冠動脈が同じ領域へ血流を奪い合う状態。グラフトの血流が遅くなり、逆流や閉塞の原因になるとされる。

引用文献(4 本)

  1. 1

    Nakajima H, Kobayashi J, Tagusari O ほか. Graft design strategies with optimum antegrade bypass flow in total arterial off-pump coronary artery bypass. European Journal of Cardio-Thoracic Surgery. 2007.↩

    自己冠動脈の狭窄51〜75%に吻合したグラフトの順行流は86.0% 91〜100%なら98.8%

  2. 2

    Koyama S, Itatani K, Yamamoto T ほか. Optimal bypass graft design for left anterior descending and diagonal territory in multivessel coronary disease. Interactive Cardiovascular and Thoracic Surgery. 2014.↩

    対角枝の狭窄が軽いと独立した静脈グラフトで逆流 重いと Y 字グラフトで左前下行枝の血流低下

  3. 3

    Koyama S, Kitamura T, Itatani K ほか. Impact of top end anastomosis design on patency and flow stability in coronary artery bypass grafting. Heart and Vessels. 2016.↩

    静脈グラフトの中枢吻合、上行大動脈に直角で最短経路なら OSI 0.46→0.04

  4. 4

    Tsukui H, Shinke M, Park YK ほか. Longer coronary anastomosis provides lower energy loss in coronary artery bypass grafting. Heart and Vessels. 2017.↩

    末梢側吻合を4 mm→10 mm に延長、吻合部のエネルギー損失77→35 μW 吻合角も半減

ここで答えていない問い

  • 狭窄が無いのに心筋の虚血が起こるのは、どんな血流の異常によるのか。

第7章「冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか」より 最終更新 2026-10-02