7-10 冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか
冠動脈に狭窄が無いのに、なぜ心筋の虚血が起こるのか
狭心症で造影を受ける患者の最大70%には閉塞性の狭窄がありません。多くは造影に写らない微小循環の障害か冠動脈の攣縮で、冠血流予備能・微小循環抵抗・アセチルコリン負荷で診断します。心外膜の形状からの計算では扱えない病態です。
ここまでの記事は、心外膜の冠動脈の狭窄が血流を妨げる場面を扱ってきました。ところが、狭心症で冠動脈造影を受ける患者の多くには、そもそも閉塞性の狭窄が見つかりません。
閉塞性病変の無い虚血(INOCA)の頻度と機序
欧州の専門家による INOCA の合意文書1は、狭心症と虚血の所見で造影を受ける患者の最大70%に閉塞性の狭窄が無いとしています。女性に多く、閉塞性病変の無い割合は女性で50〜70%、男性で30〜50%です。こうした状態を閉塞性病変の無い虚血(INOCA: ischaemia with non-obstructive coronary arteries)と呼びます。
主な機序は二つです。
| 微小血管狭心症 | 攣縮性狭心症 | |
|---|---|---|
| 異常の場所 | 冠微小循環 | 心外膜の冠動脈 |
| 機序 | 細動脈の構造的な変化、内皮による拡張の調節不全、微小血管の攣縮 | 冠動脈の一過性の強い収縮 |
| 主な所見 | 冠血流予備能の低下、微小循環抵抗の上昇 | アセチルコリンで90%以上の収縮と症状・心電図変化の再現 |
合意文書は、日本人で攣縮の頻度が高く、2本以上の冠動脈に攣縮が起こる多枝攣縮は日本人24.3%、白人7.5%と報告されていると書いています。二つの機序は合併することがあり、合併すると予後が悪いとされます。
微小循環の異常を表す指標
微小循環を生体内で直接写す方法は、現時点ではありません。そのため評価は、流量と抵抗の指標に頼ります。
合意文書1によると、構造的な変化(細動脈の内向きのリモデリングと毛細血管の減少)は、アデノシンに対する冠血流予備能の低下と、最小の微小循環抵抗の上昇として現れます。機能的な調節不全は、心筋の酸素需要が増えたときに上流の血管が順に広がる連鎖が内皮機能障害で崩れたもので、アセチルコリンに対する拡張の不足や微小血管の攣縮として現れます。
| 指標 | 測り方 | 異常の目安 |
|---|---|---|
| 冠血流予備能(CFR) | 熱希釈なら安静時と充血時の平均通過時間の比、ドップラーなら充血時と安静時の流速の比 | 熱希釈で2.0未満、ドップラーで2.5以下 |
| 微小循環抵抗指数(IMR) | 充血時の遠位圧 × 平均通過時間 | 25以上 |
| FFR | 充血時の遠位圧 ÷ 大動脈圧 | 0.80 以下(心外膜の狭窄の評価) |
SPECT や負荷心エコーは灌流領域どうしの差を検出する検査なので、左室全体に及ぶ微小循環障害の虚血は見逃します。アセチルコリン負荷は侵襲的検査でしか行えないため、完全な診断には侵襲的造影が要ります。
冠動脈機能検査で診断と症状が変わった CorMicA 試験
CorMicA 試験2は、造影で閉塞性病変の無かった狭心症の151例全員に、冠血流予備能・微小循環抵抗・FFR の測定とアセチルコリン負荷を行い、介入群だけ結果を主治医に伝えました。
検査では、微小血管狭心症51.7%、攣縮性狭心症16.6%、両者の合併20.5%が見つかり、異常が無かったのは11.3%でした。FFR の中央値は0.88で、心外膜の狭窄としては正常でした。結果を伝えなかった対照群では、35.5%で微小血管狭心症か攣縮性狭心症が見逃されていました。介入群では病型に合わせた治療が行われ、6か月の狭心症の総合スコアが11.7点改善しました。
ただし、症状の改善が治療の最適化によるのか、診断が確定したこと自体によるのかは区別できないと著者は書いています。合意文書も、侵襲的診断に基づく管理が予後を変えるかは検証されていないとしています。
心外膜の形状からの計算が扱えない虚血
INOCA は、冠動脈の血流解析の守備範囲の外側にある病態です。CT や造影から計算する FFR は、心外膜の冠動脈の形状と、集団の法則で決めた微小循環の模型から成り立っています。微小循環の構造や機能の異常、冠動脈の攣縮は、どちらも形状に現れず、模型の前提の外にあります。
したがって、心外膜の冠動脈の計算で異常が無いことは、虚血が無いことを意味しません。冠動脈の計算結果を説明するときは、心外膜の狭窄による流れの妨げと、微小循環や攣縮による虚血を区別し、前者だけを扱っていることを明記する必要があります。
この記事で出てきた言葉
- 閉塞性病変の無い虚血(INOCA)
- 狭心症や虚血の所見があるのに、心外膜冠動脈に閉塞性の狭窄が無い状態。微小循環障害と冠動脈攣縮が主な機序。
引用文献(2 本)
-
1
Kunadian V, Chieffo A, Camici PG ほか. An EAPCI Expert Consensus Document on Ischaemia with Non-Obstructive Coronary Arteries in Collaboration with European Society of Cardiology Working Group on Coronary Pathophysiology & Microcirculation Endorsed by Coronary Vasomotor Disorders International Study Group. EuroIntervention. 2021.↩
造影を受ける狭心症患者の最大70%に閉塞性病変なし 微小循環障害と攣縮は予後良好と限らず
- 2
ここで答えていない問い
- 冠動脈の血流指標で言えることと言えないことを、どう整理すればよいのか。
第7章「冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか」より 最終更新 2026-10-02