7-1 冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか
冠動脈の血流は、なぜ拡張期に流れるのか
冠動脈の血流は心臓の収縮そのものに絞られ、左冠動脈では拡張期に多く流れます。流量の大部分は造影に写らない微小循環の抵抗で決まり、計算ではその抵抗を境界条件として仮定して与えます。
大動脈や頸動脈では、心臓が血液を押し出す収縮期に流量が最大になります。冠動脈は事情が違います。冠動脈の枝は心筋の中を走っており、心筋が収縮するとその血管自体が外から押しつぶされるからです。
心筋内圧による収縮期の血流の低下
心筋の収縮が心筋内の血管にかける外からの圧を、心筋内圧と呼びます。冠動脈の出口に心筋内圧を含む回路模型をつないだ計算研究1は、左冠動脈の出口には左室圧を、右冠動脈の出口には右室圧を心筋内圧として与えると、実際の冠動脈の流量波形が再現できることを示しました。
| 左冠動脈(前下行枝・回旋枝) | 右冠動脈 | |
|---|---|---|
| 心筋内圧の源 | 左室圧 | 右室圧 |
| 収縮期の流量 | 心筋内圧が高く、流量が減る | 右室圧が低く、流量は減らない |
| 流量が多い時相 | 拡張期 | 収縮期 |
同じ研究は、右室圧は最大でも平均大動脈圧の5分の1程度にとどまると書いています。左右の冠動脈で流量の位相がずれるため、壁面せん断応力が高くなる時相も左右で異なります。
計算の側から見ると、冠動脈の出口に一定の圧や抵抗を置くだけの6-1境界条件では、心臓の収縮で血流が絞られる性質を表せません。拍動を解く冠動脈の解析では、出口の条件に心筋内圧を入れるかどうかで流量波形が変わります。
冠血流の大部分を決める微小循環の抵抗
冠血流の大きさを主に決めているのは、心外膜を走る太い冠動脈ではなく、その先の細動脈と毛細血管が生む抵抗です。これを微小循環抵抗と呼びます。
狭窄の無い狭心症の患者に冠動脈機能検査を行った試験2は、侵襲的造影の空間分解能が約 0.3 mm で、心筋血流を主に決める直径約 0.1 mm の抵抗細動脈は写らないと書いています。造影や冠動脈 CT から再構成した3次元の形状には、微小循環は含まれません。
そこで数値流体解析では、心外膜の冠動脈だけを計算領域にして、その先の抵抗を出口の条件として仮定します。CT から FFR を計算する方式の原理を開発者が説明した総説3では、安静時の総冠血流を心筋量に比例させ、各出口の抵抗を血管径に反比例させて配分しています。微小循環抵抗は形状から測れないため、集団の法則で決めた仮定の数値になります。
冠血流予備能(CFR)と FFR の違い
微小循環は、血管拡張薬で大きく広がります。最大まで広げたときの冠血流を安静時の冠血流で割った比を冠血流予備能(CFR: coronary flow reserve)と呼びます。
カテーテル検査室での冠動脈生理評価の総説4は、CFR と、圧の比から求める FFR(冠血流予備量比)を次のように区別しています。
| CFR | FFR | |
|---|---|---|
| 定義 | 最大充血時の冠血流 ÷ 安静時の冠血流 | 最大充血下の狭窄遠位の平均圧 ÷ 大動脈の平均圧 |
| 測るもの | 流量(流速) | 圧 |
| 正常値 | 人によって異なる | どの血管・どの患者でも1 |
| 微小循環の影響 | 受ける | 受けにくいとされる |
| 異常の目安 | 2.0 未満 | 0.75 未満は虚血、0.80 超は非虚血 |
CFR が低い場合、原因が心外膜の狭窄なのか微小循環なのかは CFR だけでは区別できません。FFR は心外膜の狭窄に特異的な指標として設計されており、その設計の前提を 7-2次の記事で扱います。
冠動脈の血流解析が扱える範囲
冠動脈の数値流体解析が直接解いているのは、心外膜の冠動脈の中の流れだけです。心筋内圧による収縮期の絞り込みと、微小循環の抵抗は、どちらも計算領域の外にあり、境界条件として仮定で与えています。
したがって、冠動脈の計算結果を読むときは、形状から得た情報と、境界条件として仮定した情報を区別する必要があります。微小循環に異常がある患者では仮定が外れ、計算した流量や圧も外れます。微小循環そのものの異常は 7-10狭窄の無い虚血の記事で扱います。
この記事で出てきた言葉
- 心筋内圧
- 心筋の収縮によって心筋内の血管にかかる外からの圧。左室では収縮期に大きく、左冠動脈の血流を収縮期に絞る。右室は圧が低いため、右冠動脈は収縮期にも流れる。
- 微小循環抵抗
- 心外膜冠動脈より末梢の細動脈と毛細血管が生む血流の抵抗。冠血流の大部分を決め、薬や代謝で大きく変わる。造影や CT では直接写らない。
- 冠血流予備能(CFR)
- 最大充血時の冠血流を安静時の冠血流で割った比。心外膜の狭窄と微小循環の両方の影響を受け、正常値は人によって異なる。
引用文献(4 本)
- 1
- 2
- 3
- 4
ここで答えていない問い
- 微小循環の抵抗が人ごとに違うなら、狭窄の重症度を圧だけで評価できるのか。
第7章「冠動脈の狭窄は、血流で測って治療を決められるのか」より 最終更新 2026-10-02