「文献値と自分の結果が合わない」という相談に、最も直接的な根拠を与える研究があります。設計は単純で、同じデータを多数のグループに配って、返ってきた結果を比べる。
形状を配った場合
2013年の CFD Rupture Challengeでは、15か国26グループが同一の2症例を盲検で解析しました。形状データは配られ、解析条件は各グループが自由に決めます。
破裂した側がどちらかという判定は、21/26 が正解しました。ここは揃っています。
ところが、破裂した部位の予測は6箇所に散り、一致しませんでした。
原因は解析手法ではなかった
散らばりの原因は、はっきり特定できます。参加グループが自由に選んだ流入流量は 0.9〜11.36 mL/s と13倍の開きがあり、実測値(1.76 / 2.5 mL/s)から大きく外れたものが含まれていました。入口流速 10 m/s、Reynolds 数 1 という、明らかに非現実的な設定も提出されています。
つまり、ばらつきの主因はソルバーの差ではなく境界条件の差です。この解釈は、条件を指定した Phase II でほぼ同一の流れ場が得られたことで裏づけられています。
境界条件——入口・出口・壁に何を与えるか——は、数値解析で人が決めなければならない部分です。形状は画像から来ますが、流量は来ません。ここが自由なままだと、同じ形状から違う流れが出ます。
画像から任せた場合
現実の受託解析は、もっと手前から始まります。形状ではなく画像が渡されるからです。
2015年の International Aneurysm CFD Challengeは、26チームに DICOM 画像だけを配りました。形状抽出から任せる設定です。
結果、瘤内平均の壁面せん断応力のばらつきは変動係数48%、症例によっては60%に達しました。1つの症例の中でも、同じチームが自動抽出と手動抽出を比べると値が45%違う。設定流量そのものも変動係数23%で散り、血液粘度は 3.5 と 4.0 cPoise に二分され、それだけで13%の差を生んでいました。
処方箋まで書かれている
この研究の価値は、ばらつきを示したことではなく、減らし方を示したことにあります。
母血管の壁面せん断応力で正規化すると、変動係数は48%から18%へ下がります。最大 WSS は 48% → 22%、低ずり面積は 63% → 30%。2〜3分の1です。
下の図で、縮み方の大きさを見てください。
報告された変動係数から散らばりを再現した図。スライダを切り替えると、絶対値と母血管で正規化した値のばらつきが入れ替わる。個々の点は各チームの実際の提出値ではなく、報告された変動係数を持つ分布からの模擬値。
同じ研究が挙げている他の推奨も具体的です。血液物性を 3.7 cPoise・1.06 g/cm³ に統一する。形状は内頸動脈まで含めて抽出する(中大脳動脈で切ると速度分布が発達しない)。設定流量を文献範囲(1.39〜3.47 mL/s、中央値約 2.43)と照合する。
ばらつきは避けられないが、減らし方は分かっている。 これが第3章の最後に触れた「逃げ道は正規化」の根拠です。