5-3 圧力損失とエネルギー損失の指標
大動脈のらせん流(ヘリシティ)は、乱流とどう違うのか
健常な大動脈でも、上行から弓部にかけて血液はらせんを描いて進みます。ヘリシティは速度と渦度の内積として定義され、らせん状の旋回の強さと巻きの向きを表します。速度が不規則に変動する乱流とは別の状態であり、測る指標も分解能への弱さも違います。
4D Flow MRI で健常な方の大動脈を撮ると、上行大動脈から弓部にかけて、血液がねじれながら進む様子が映ります。渦を巻いて見えるため、乱流が起きていると受け取られることがあります。
しかし大動脈で目につく旋回は、乱流とは別の構造です。らせん状に旋回する流れの強さを表す物理量がヘリシティで、速度が不規則に変動する状態を表す乱流運動エネルギーとは、測っている対象が違います。
ヘリシティの定義 — 速度と渦度の内積
渦度 ω = ∇×u は、流れの局所的な回転を表すベクトルです。大きさは回転の速さ、向きは回転軸を指します。
4D Flow の血行力学パラメータを数式の定義から整理した総説1は、ヘリシティを速度と渦度の内積 u·ω の体積積分として示し、渦糸の絡み方を表す量だと述べています。
内積であることから、値の符号は速度と渦度のなす角で決まります。両者が同じ向きに近いとき正、逆向きに近いとき負になります。符号はらせんの巻きの左右に対応し、大きさは旋回の強さに対応します。 渦度の大きさだけでは決まらず、流れの向きとの関係が入るところが、渦度やエンストロフィーとの違いです。
渦度が大きくてもヘリシティが 0 になる流れ
内積で定義されているため、渦度が大きい流れでもヘリシティが 0 になる場合があります。
直円管の中を、旋回せずにまっすぐ進む流れを考えてください。壁際には強い速度勾配があるので、渦度は 0 ではありません。ところが渦度の向きは管の周方向を向き、流れの向き(軸方向)と直交します。直交する二つのベクトルの内積は 0 になるので、ヘリシティは 0 です。
ここに旋回を加えると、渦度に軸方向の成分が生まれます。速度の軸方向成分との内積が 0 から離れ、ヘリシティが値を持ちます。
周方向の速度を 0 に戻すと、渦度の大きさは大きいままで、正規化ヘリシティだけが 0 になります。周方向の速度の符号を反転させると、らせんの巻きが逆になり、正規化ヘリシティの符号も反転します。
正規化ヘリシティと、らせんの左右バランス
ヘリシティ密度 u·ω を速度の大きさと渦度の大きさの積で割ると、無次元の量になります。正規化ヘリシティと呼ばれ、速度と渦度のなす角の余弦にあたります。+1 に近いほど流れと回転軸がそろい、0 なら直交します。4-7第4章で見た無次元指標と同じ発想で、単位とスケールに由来する依存が落ちます。
頸動脈分岐で剛体壁 CFD と FSI を対にして比べた研究2は、内腔側の評価にヘリシティ指標を使っています。ヘリシティ強度 h2 と、らせんの左右バランス h4 の二つです。剛体壁と FSI の差は h2 で 0.95 m·s⁻²、h4 で 0.01 でした。壁を動かすかどうかは、らせんの左右バランスをほとんど変えません。 ただし対象は健常形態の頸動脈分岐であり、大動脈で同じ関係が成り立つかは、この研究では確かめられていません。
健常な大動脈で観察されるらせん流
下は健常ボランティアの 4D Flow MRI から起こした流線です。上行大動脈から弓部にかけて、流れがねじれながら進みます。
当社が取得した健常ボランティア1名の 4D Flow MRI を iTFlow で可視化したものです。患者の診療データではありません。
注目すべきは、流線が滑らかにつながっていることです。隣り合う流線は互いに交差せず、束のまま向きを変えていきます。見えているのは、向きのそろった旋回です。 乱流の速度変動は空間分解能を下回る大きさで起きるため、そもそも流線としては描けません。可視化で旋回が見えたことは、乱流が起きている根拠にはなりません。
らせん流が健常でも観察されることは、1-1第1章の流線でも扱いました。異常所見ではありません。
左室のねじれに由来するらせん流と、CFD の入口条件
らせん流は、大動脈の形状だけで決まるものではありません。上流にある左室の動きが持ち込まれています。
大動脈弓の CFD を 4D Flow MRI で検証した研究3は、速度場の相関を部位ごとに調べました。大動脈弓では成人で 0.795〜0.918(AP・RL・SI の3方向)と高い相関が出た一方、上行大動脈では相関が低くなりました。 原因として、左室のねじれによって生じるらせん流を CFD が再現できていないことを挙げ、左室収縮を考慮した入口条件が必要だと述べています。
この検証で入口に与えたのは、大動脈弁での実測流量から作った平坦な速度分布でした。流量が合っていても、旋回の情報は入口条件に入っていません。らせん流を扱うなら、入口条件に旋回成分をどう与えたかを報告に書く必要があります。
らせん流・擾乱流・乱流の区別
三つの語は、流れの別々の性質を指しています。
| らせん流 | 擾乱流(disturbed flow) | 乱流(turbulent flow) | |
|---|---|---|---|
| 流れの状態 | 軸方向に進みながら一定の向きに旋回する整った流れ | 剥離と再付着を伴い、向きが心周期の中で往復する流れ | 速度が不規則に変動し、大小の渦を含む流れ |
| 代表的な指標 | ヘリシティ、正規化ヘリシティ | OSI、相対滞留時間 | 乱流運動エネルギー(TKE) |
| 空間微分 | 含む | 含む(壁面せん断応力から作るため) | 含まない |
| 健常での出現 | 上行大動脈から弓部で日常的に見られます | 分岐部と湾曲部で生じます | 収縮期に、部位によって生じることがあります |
| 可視化での見え方 | 流線が束のままねじれます | 流線が壁から離れ、往復します | 個々の渦は分解能を下回り、追えません |
| 混同しやすい点 | 旋回して見えることは、乱流を意味しません | 擾乱流であることは、乱流を意味しません | レイノルズ数だけでは判定できません |
擾乱流と乱流を分ける必要があることは 1-1第1章で扱いました。らせん流はそこにもう一つ加わる区別で、整った旋回と不規則な変動を同じ語で呼ばないための線引きです。
大動脈の乱流を、どこまで実測できるのか
らせん流が可視化で見えるのに対し、乱流の渦は見えません。
5-2エネルギーが失われる場所の記事で見たように、健常者の大動脈でも収縮期にはレイノルズ数が直円管の目安である 2300 を大きく超えます。それでも流れが不安定化するかどうかは、部位と被験者によって異なります。加えて、乱流の渦は粘性で消える下限(コルモゴロフスケール)に向かって細かくなり、MRI や超音波の分解能を下回ります。
そこで、個々の渦ではなく統計量として測ります。大動脈弁狭窄を対象にした研究4では、上行大動脈のピーク総 TKE が狭窄患者で 3〜52 mJ、健常で 3 mJ 未満でした。算出方法と検証の水準は 5-4TKE による圧力損失の評価で扱います。
計算側でも、乱流は直接には解けません。渦をすべて解く直接数値計算は費用が見合わないため、ある大きさ以下はモデルで置き換えます。モデルの選び方が結果を動かします。 大動脈縮窄のファントムで乱流モデルを比べた検証5では、断面平均速度の MRI との差が、レイノルズ応力モデルで狭窄部15%以内・その他7%以内だったのに対し、SST k-ω は狭窄部で18%、標準 k-ε は狭窄後方で最大45%ずれました。大動脈弓の検証3では RNG k-ε が最も MRI と相関しています。乱流域を扱う解析では、乱流モデルの名前を報告に書いてください。
エネルギー損失の分布と、らせん流が生じる位置の一致
らせん流を圧力損失とエネルギー損失の章で扱う理由は、損失が生じる位置と重なるためです。
大動脈の粘性エネルギー損失を 4D Flow で測った研究6は、胸部大動脈の損失が健常で 2.3 mW、拡張のみで 3.6 mW、拡張に狭窄が加わると 14.3 mW になると報告しました。損失の71%は上行大動脈で生じます。そして損失の空間分布は、剥離・ジェットの壁への衝突・高速ジェット・らせん流・渦の形成部位と一致しました。
一致しているのは分布であって、らせん流が損失を生んでいると示されたわけではありません。 らせん流が起きる場所には、剥離やジェットの衝突も同時に起きています。分布の重なりから因果を読むことはできません。
ヘリシティの分解能依存・基準値の不在・推奨文書での位置づけ
ヘリシティを実務で使う前に、三つの制約を確認してください。
分解能に弱い指標です。 渦度は速度の空間微分から作るため、ヘリシティも4-4空間微分を含む指標に分類されます。数式の定義から整理した総説1は、渦度とヘリシティの精度がボクセル分解能に左右されると明記しています。同じ理由で、差分を取る操作がノイズを増幅します。
絶対的な正常値が示されていません。 同じ総説は、渦度・ヘリシティ・エンストロフィー・循環のいずれにも絶対的な正常値がないことを、注意点として挙げています。大動脈の壁面せん断応力の総説7は、装置メーカー・磁場強度・後処理ソフトによって値が変わるため施設をまたぐ基準値を作れないと述べています。ヘリシティも速度の差分から作る指標なので同じ要因が効くと見込まれますが、これは推論であって、ヘリシティについて実測された施設間比較ではありません。
日常の後処理では対象外に置かれています。 先天性心疾患の 4D Flow 後処理推奨8は、壁面せん断応力・渦度・運動エネルギー・エネルギー損失・圧力マッピング・ヘリシティを「現時点で日常のルーチンではない」として対象外にしています。同時に、これらが研究から臨床へ移る可能性を認め、新しい解析モジュールを追加できる設計にすべきだとも書いています。臨床応用と研究段階の線引きは 4-3第4章で扱いました。
臨床応用として想定されている領域は挙がっています。同じ総説1は、ヘリシティの応用先として二尖弁大動脈症と Fallot 術後を挙げています。二尖弁については、弁に由来する血流と壁組織の対応を調べた研究9が、高い壁面せん断応力を受けている領域でエラスチンが減っていることを同一患者内の対比較で示しました。弁が作る偏った流れが上行大動脈に持ち込まれるという構図は、らせん流を評価する動機と重なります。
らせん流の解析結果に書くべき項目
報告を読む側が値の意味を判断できるように、次の項目を書いてください。
- 評価した領域と、その境界の決め方。 エネルギー損失と同じく、上行大動脈だけで胸部全体の大部分を占めます。領域が違えば値は比較できません。
- 正規化したかどうか。 ヘリシティ密度をそのまま積分した値と、正規化ヘリシティは別の量です。
- 空間分解能と VENC の設定。 空間微分を含む指標なので、両方が値を左右します。
- CFD なら入口条件の与え方と乱流モデルの名前。 平坦な速度分布を入口に与えると、らせん流は再現されません。
- らせん流と乱流を書き分けること。 整った旋回を「乱流」と書くと、読者は TKE の話だと受け取ります。
値そのものより、同一条件の中での高低と時間変化のほうが、いまの水準では扱いやすい情報です。
5-4次に読む TKE による圧力損失の評価では、不規則な変動の側を数える方法と、その検証がどこまで進んでいるかを扱います。
この記事で出てきた言葉
- ヘリシティ
- 速度と渦度の内積 u·ω を体積で積分した量。らせん状に旋回する流れの強さと巻きの左右を表す。渦度を含むため空間微分に依存する。
- 正規化ヘリシティ
- ヘリシティ密度を速度の大きさと渦度の大きさの積で割った無次元量。速度と渦度のなす角の余弦にあたり、絶対値が 1 に近いほど流れと回転軸がそろっている。
引用文献(9 本)
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- 6
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ここで答えていない問い
- らせん流の強さは、壁面せん断応力の分布とどう対応するのか。
- ヘリシティに、施設をまたいで使える基準値を作れるのか。
第5章「圧力損失とエネルギー損失の指標」より 最終更新 2026-09-10