5-2 圧とエネルギー

エネルギーはどこで失われるか

失われる先は熱と音と振動です。狭窄・壁への衝突・血管の屈曲という三つの場所で起き、同じ狭窄率でも管状かテーパー状かで圧較差が変わります。

前の記事で、4v² が「戻ってくる分」を数えていないことを見ました。では、戻ってこない分はどこで、どうやって失われるのでしょうか。測り方の前に、失われる場所そのものを見ておきます。

失われた先は熱と音と振動

血液には粘性があります。速度の違う血液どうしが擦れると、圧力エネルギーの一部が熱と音と振動に変わります。これが戻ってこない分の正体です。

大動脈弁狭窄で聴こえる雑音は、まさにこの「音に変わった分」です。聴診器で聴いているのは、失われたエネルギーの一部だということになります。

速度差が渦をつくる

摩擦は速度差のあるところで起きます。そして速度差は渦をつくります。

管の径が急に広がる場所を考えてください。中心の速い流れと、広がった先の遅い流れとの間に速度差ができる。ここに渦が生まれます。壁や障害物が流れに速度差をつくれば、そこが渦の発生源になります。

心臓と血管の中では、拍動のたびに同じ構造の渦が現れます。いずれも速度差に由来します。

層流と乱流の境目

流れの勢い(慣性)が、流れを抑える力(粘性)を上回ると乱流になります。この比がレイノルズ数です。分子が慣性、分母が粘性。

境目はおよそ 2000〜2300 とされます。大動脈に入る血流のレイノルズ数は、収縮期にはこの値を軽く超え、拡張期には流速が落ちてほぼゼロまで下がります。同じ血管が、1拍のうちに乱流と層流を行き来していることになります。

ただしレイノルズ数は流れ場全体を大づかみに判定する指標です。実際の乱流には壁の性状や構造物も効きます。大動脈弁の弁尖は流れの中の障害物であり、それ自体が乱流の源です。

渦は、測れる大きさより小さい

乱流は大小さまざまな渦の集まりです。エネルギーが高いほど渦は細かくなります。そして粘性によって、ある大きさを下回った渦は熱に変わって消えます。この下限をコルモゴロフスケールといいます。

ここが実務に効きます。大動脈の乱流渦は、MRI や超音波の分解能よりはるかに小さい。 実測では個々の渦は見えません。

計算でも同じ問題が起きます。渦を直接すべて解く直接数値計算(DNS)は費用が高すぎて、スーパーコンピュータでも現実的ではありません。そこで、ある大きさ以下の渦は解かずにモデルで置き換えます。これが乱流モデルです。第6章で乱流モデルの選択が結果を変える話が出てきますが、その根はここにあります。

見えない渦をどう扱うか。一つ一つを見ずに、統計量としてまとめて測る。 次の記事の乱流運動エネルギーは、この発想です。

損失が起きる三つの場所

失われる場所は、大きく三つに分けられます。

1. 狭窄

狭窄部では流れが加速し、前後で剥離を伴う乱流が生じます。ここで重要なのは、同じ狭窄率・同じ流速でも圧較差が同じにはならないことです。

管状の狭窄とテーパー状の狭窄を比べると、狭窄率が同じでも管状のほうが抵抗が大きく、圧較差も大きくなります。前後の剥離が強く、狭窄部の壁とのせん断も大きいためです。テーパー状であれば、同じ狭窄率でも長く緩やかなほど剥離が起きにくく、損失は小さくなります。

つまり狭窄率という1つの数字では、圧較差は決まりません。 形が効きます。

下の図で、出口の広がり方を動かしてみてください。狭窄率は変えていません。

狭窄率を固定したまま、出口の広がり方だけを変えた模式。急に広がると流れが壁から離れ(剥離)、その裏側に渦ができる。緩やかに広がれば剥離は起きにくい。理想化した流線に剥離域を幾何的に重ねた模式で、数値解析の結果ではないため数値は出していない。

管状(左端)では剥離域が大きく、渦がはっきり現れます。テーパー状(右端)に近づけると剥離はほとんど消えます。狭窄率という1つの数字が同じでも、この違いがそのまま損失の違いになります。

2. 壁への衝突

加速した血流が壁にぶつかると、壁との摩擦と、そこで生じる渦によって損失が出ます。大動脈弁狭窄では、加速したジェットが上行大動脈の壁に当たって渦をつくる様子が実際に見えます。

3. 血管の屈曲

急な曲がりも流れを乱します。中心線の曲率とエネルギー損失の関係を調べると、曲率が大きい——つまり急に曲がっているほど損失が増えるという関係が出ます。大動脈弓の再建で形状が問題になるのは、この理由です。

静圧と動圧

最後に、圧の内訳を確認しておきます。流体が持つ圧には静圧動圧があります。

静圧は、止まっている流体が及ぼす圧です。血圧計が測っているのはこちら。動圧は、流れが押してくる力です。川の中で身体が押される、あの力です。

狭窄の中心では流速が上がり、静圧が下がって動圧に変わります。もし損失がまったく無ければ、狭窄を過ぎて流速が落ちたところで動圧は静圧に戻ります。これが前の記事で見た圧力回復です。

実際には、衝突と乱流で失われた分だけ戻りません。狭窄の後の血圧が前より低いのは、そのぶんです。

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ここまでが「どこで失われるか」です。狭窄の形、当たる壁、曲がりの曲率——いずれも形状の問題でした。

次からは「どれだけ失われたかを数える」三つの方法を読みます。乱れのエネルギーとして数える方法、粘性散逸として数える方法、そして圧力そのものを再構成する方法です。

この記事で出てきた言葉

レイノルズ数
流れの慣性と粘性の比。おおよそ2000〜2300を超えると乱流に移る。大動脈では収縮期に超え、拡張期にはほぼゼロまで下がる。
剥離
流れが壁から離れて逆流域や渦をつくる現象。狭窄の前後や急な曲がりで起き、エネルギー損失の主な発生源になる。
コルモゴロフスケール
乱流の渦のうち、粘性で熱に変わって消える下限の大きさ。MRI や超音波の分解能より小さいため、個々の渦は実測では見えない。
静圧と動圧
静圧は止まっている流体が及ぼす圧(血圧計が測る量)、動圧は流れが押す力。狭窄部では静圧が動圧に変わり、損失がなければ下流で戻る。

ここで答えていない問い

  • 失われた量を、流速場からどう数えるのか。

第5章「圧とエネルギー」より 最終更新 2026-09-08