8-1 冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか
低い内皮せん断応力は、冠動脈のプラークをどう育てるのか
時間平均の内皮せん断応力が低い部位で初期プラークができ、血管が外向きに広がって応力が正常に戻れば安定し、過剰に広がって低い応力が続けば破れやすいプラークに育つという枠組みです。ヒトの連続観察でも低い部位でプラークが厚くなりました。
糖尿病や脂質異常症のような全身の危険因子は、冠動脈全体に同じように作用します。それなのにプラークは、分岐部や湾曲の内側のような特定の部位にでき、しかも一部だけが急性冠症候群を起こすプラークに育ちます。冠動脈の研究では、血流が内皮に及ぼすせん断応力を「内皮せん断応力(ESS: endothelial shear stress)」と呼ぶことが多く、1-2壁面せん断応力(WSS)と同じ量を指しています。
冠動脈の内皮せん断応力の三つの型
冠動脈硬化の自然歴における内皮せん断応力の総説1は、冠動脈の内皮せん断応力を三つの型に分けています。
| 型 | 向き | 時間平均 | 起こりやすい部位 |
|---|---|---|---|
| 拍動性(生理的) | 一方向 | 正で、1心拍に 1.5〜7 Pa の範囲で変動 | 比較的まっすぐな区間 |
| 低い ESS | 一方向 | 約 1.0〜1.2 Pa 以下 | 湾曲の内側、狭窄の上流 |
| 振動する ESS | 往復 | ほぼ0 | 狭窄の下流、分岐の側壁、枝の付け根 |
振動する ESS は、1-6OSIが高い状態に当たります。総説は、低い ESS の閾値は全身の条件や動物種によって変わるとも書いており、絶対値の境界として使えるものではありません。
低い内皮せん断応力が内皮に起こすこと
1-4内皮は流れを感知して遺伝子発現を変えます。総説によると、低い ESS の部位では、一酸化窒素の産生が落ち、LDL の取り込み・合成・透過性が上がり、酸化ストレスが増え、炎症性の接着分子とサイトカインの発現が増えます。平滑筋細胞が内膜に遊走して増え、線維性被膜と脂質の核からなる初期のプラークができます。
血管リモデリングで分かれるプラークの行く先
プラークが育つと、血管は外径を変えて応答します。この応答を血管リモデリングと呼びます。総説が引く IVUS(血管内超音波)研究では、軽度狭窄の動脈硬化冠動脈の約60%が内腔を保つ代償的な外向きリモデリング、約20%が内腔まで隣接部より大きくなる過剰な外向きリモデリング、約20%が内向き(収縮性)のリモデリングを示しました。
総説は、リモデリングの型がプラークの行く先を分けると考えています。
| プラークの経過 | リモデリング | 組織像 | 臨床像 |
|---|---|---|---|
| 安定 | 代償的な外向き | 小さな脂質核、厚い被膜 | 無症状 |
| 狭窄性 | 内向き | 小さな脂質核、非常に厚い被膜 | 安定狭心症 |
| 高リスク | 過剰な外向き | 大きな脂質核、薄く炎症のある被膜 | 急性冠症候群 |
外向きのリモデリングで局所の流れが変わり、ESS が正常に戻れば、プラークを育てる刺激は消えます。過剰に広がって低い ESS が続くと、脂質の蓄積・炎症・基質の分解が進み、さらに血管が広がるという悪循環に入ると総説は説明しています。ESS は1回の計算で決まる固定の数値ではなく、形と流れの相互作用の中で変わり続ける量です。
ヒトの冠動脈で6か月後を予測した連続観察
総説の枠組みのうち、ヒトで最初に連続観察したのが Stone らの2003年の研究2です。8例12本の冠動脈を IVUS と2方向の造影で3次元に再構成し、造影剤が区間を通過する時間から流量を求めて ESS を計算し、6か月後に同じ部位を再評価しました。
自己冠動脈では、ESS が低い領域(0.91 Pa 未満を含む区分)でプラークが厚くなり、血管が外向きに広がって内腔は保たれました。生理的な ESS の領域はほとんど変化せず、ESS が高い領域では内腔と血管がともに広がって ESS が下がりました。ステントを留置した部位では、ESS の区分によらず内膜が厚くなっており、ステント内の再狭窄に ESS が関わる程度は限られると著者は考察しています。
| ベースラインの ESS | 6か月後のプラーク | 6か月後の血管 | 6か月後の ESS |
|---|---|---|---|
| 低い | 厚くなる | 外向きに広がる(内腔は保たれる) | 上がる |
| 生理的 | ほぼ変化なし | ほぼ変化なし | ほぼ変化なし |
| 高い | 薄くなる傾向(再分布) | 内腔とともに広がる | 下がる |
計算は定常流・剛体壁・ニュートン流体と簡素で、8例という予備研究です。それでも、計算した ESS が同じ人の同じ部位の将来の変化と対応することを示した最初の結果でした。患者を数百例の規模に広げた研究を 8-2次の記事で扱います。
この記事で出てきた言葉
- 血管リモデリング
- プラークの成長や血流の変化に応じて血管の外径が変わる現象。外向きに広がる型(代償的・過剰)と内向きに縮む型があり、内腔の広さと局所の流れを変える。
引用文献(2 本)
-
1
Chatzizisis YS, Coskun AU, Jonas M ほか. Role of endothelial shear stress in the natural history of coronary atherosclerosis and vascular remodeling: molecular, cellular, and vascular behavior. Journal of the American College of Cardiology. 2007.↩
低い内皮せん断応力と過剰な外向きリモデリングの悪循環 破裂しやすいプラークの成り立ち
- 2
ここで答えていない問い
- 低い壁面せん断応力は、患者の病変の進行をどれだけの確率で予測するのか。
第8章「冠動脈の壁面せん断応力は、将来のプラークと心筋梗塞を予測できるのか」より 最終更新 2026-10-02