前の記事で、壁面せん断応力が「壁での速度勾配 × 粘度」だと確かめました。では、その値はどのくらいになるのが普通なのでしょうか。
まず単位に慣れる
この分野には二つの単位が併存しています。Pa(パスカル)と dyn/cm² です。換算は単純で、1 Pa = 10 dyn/cm²。古い文献と動脈瘤の文献では dyn/cm²、4D Flow 系の文献では Pa が多い、という程度の傾向があります。
自分の解析結果と文献値を比べるとき、この換算を忘れて10倍ずれた議論をしてしまうことは実際に起こります。下の目盛りをドラッグすると、両方の単位と、その値がどの範囲に相当するかが同時に出ます。
壁面せん断応力の対数スケール。帯として置いた範囲は Chiu と Chien の総説が挙げた値。目盛りをドラッグすると単位換算と該当範囲が出る。
報告されている桁
同じ総説が挙げた値を並べると、次のようになります。
動脈の生理的な範囲は 10〜70 dyn/cm²、維持水準はおよそ 15〜20 dyn/cm²。静脈は 1〜6 dyn/cm² で、一桁下がります。そして病変好発部の乱れた流れは、平均 0.5 dyn/cm² 前後で ±4 dyn/cm² 程度に振れる。
つまり、健全な動脈と病変好発部のあいだには二桁近い開きがあります。しかも病変好発部の値は、平均が小さいだけでなく、振れ幅が平均を大きく上回っている。プラスとマイナスを行き来しているということです。
この二つの特徴——小さいことと向きが定まらないこと——は別のことを言っています。後で別々の指標になります。
壁の側にスイッチがある
数値の差が病気につながるには、壁がその差を感知していなければなりません。この総説の中心はそこです。
方向の定まった層流を受けた内皮細胞は、KLF-2 という転写因子を介して eNOS などを上げ、抗酸化・抗炎症の側に振れます。一方、乱れた流れを受けると NF-κB と活性酸素種が上がり、単球を呼ぶケモカインや接着分子、マトリックス分解酵素が誘導されます。
同じ細胞が、受ける流れの性質だけで逆向きに振る舞う。これが内皮の流れ応答で、壁面せん断応力を指標として使う根拠になっています。単に相関があるという話ではなく、感知する分子機構まで辿れているということです。
実務にそのまま使える目安
桁を覚えておくと、一次判定に使えます。動脈の解析結果が 10〜70 dyn/cm²(1〜7 Pa)の桁から大きく外れたら、生物学的な発見を疑うより先に、単位と算出条件を確認したほうが早い。静脈系は動脈と桁が違うので、動脈の基準値を静脈に当ててはいけません。
同じ総説は、デバイス周りへの含意も述べています。ステント留置は段差を作って逆行流域を生み、吻合部の形を変えると低ずり域の位置が動き、それにつれて新生内膜過形成の場所も移る。血管形成術後の再狭窄は6か月で30〜40%、ベアメタルステントで20〜40%という数字も挙げられています。
次は、この記事で出てきた「向きが定まらない」という性質を、どう数値にするかです。