6-6 同じ症例を別の施設が解析したら、同じ値が出るのか
Fontan 術式設計における CFD の30年
CFD が最初に臨床へ入ったのは診断ではなく術式設計でした。導管径の最適解は、エネルギー損失だけを見ると太いほど良く、停滞域を足すと16〜18mmに変わります。
6-5前の記事では、既にある形状の将来を予測する話をしました。もう一つの使い道があります。まだ存在しない形状を設計するという使い方です。
歴史的には、こちらのほうが先でした。CFD が心臓血管の臨床に最初に入ったのは診断ではなく、Fontan 手術の術式そのものを決めるためです。この節では30年ぶんの4本を並べて、設計に使うときに何が要るのかを見ます。
1996年 — 形状パラメータと二指標による評価枠組み
de Leval らの1996年の報告1が起点です。上下大静脈を肺動脈につなぐ形状のパラメータを振り、エネルギー損失と左右肺への血流配分という二つの指標で優劣をつけました。
結論は、下大静脈側の吻合を右肺動脈側へ広げると損失が最小になり配分も最適になる、というものでした。そしてそれを術式として書き下しています。
節点数は 15,000〜33,000 でした。いまの基準では小さな計算です。それでも枠組み——形状を振る、複数の指標で比べる、結果を術式にする——は現在とまったく同じです。
同時に、著者は「モデル研究では術後不全の原因を特定できなかった」とも書いています。CFD が示せるのは局所形状が流れに与える影響までだという線引きが、最初から意識されていました。
2007年 — 運動時のパワー損失の非線形性
Whitehead らは10例2で、流量を安静時の2倍・3倍に増やして解きました。
パワー損失は心拍出量に対して非線形に急増します。ヘッド損失や抵抗に正規化しても非線形性は消えません。流量が2倍になっても損失は2倍では済みません。
ここから出る要求は明快です。安静時の1条件で効率を評価してはいけません。 安静時に優れた形状が運動時にも優れている保証はありません。左右肺への配分を 30/70 と 70/30 に振ると運動時の損失が変わる、という結果も併せて報告されています。配分を固定値で仮定することの危うさです。
2009年 — Y字グラフトと4指標による評価
Marsden らの Y字グラフト3は、下大静脈からの管を分岐させて流れの競合そのものを無くす設計です。
断面積を保つ12mm分枝の案は、安静時も運動時も従来案より効率が高く、安静から運動への効率低下を38%改善しました。運動時の上大静脈圧は最大5mmHg下がり、下大静脈血流も左右へより均等に配分されます。オフセット型では70%が左肺へ偏っていました。
注目すべきは、この論文が Fontan 圧・効率・血流配分・壁面せん断応力の4指標を並べていることです。そして12mm案は低ずり領域がやや広いという、逆向きの結果も併記しています。
効率を上げた設計が別の面で不利になっていないか。 これを確認するために指標を複数持つ、という姿勢がここに出ています。
2009年 — 導管径における損失と停滞のトレードオフ
その姿勢が結論を反転させた例が、Itatani らの導管径の研究4です。
エネルギー損失だけを見ると、太い導管ほど有利です。1.0 W/kg の運動時で 14mm が 5.759 mW、22mm が 4.199 mW です。太くすれば損失は下がります。成長を見込んで太い導管を入れる、という臨床判断と一致します。
ここに停滞の指標を足します。呼気相と吸気相の両方で流速が 0.01 m/s を下回る領域の体積です。
| 導管径 | エネルギー損失(1.0 W/kg) | 停滞容積(安静時・呼気相) |
|---|---|---|
| 14 mm | 5.759 mW | 導管容積の 9.20% |
| 16 mm | 4.881 mW | — |
| 22 mm | 4.199 mW | 導管容積の 33.9% |
損失は 14mm から 22mm で 27% 下がるだけなのに、停滞域は 9.20% から 33.9% へ、3.7倍に増えます。利得より不利が上回ります。 著者は16〜18mmを最適としました。
血栓や狭窄という晩期合併症は、この停滞域に対応する量です。損失だけを見ていたら見えません。
術式設計に CFD を使うための要件
4本から出てくる要求は三つです。
指標は1つでは足りません。 損失だけ見れば太い導管が勝ち、停滞を足すと負けます。効率だけ見れば12mm案が勝ち、せん断応力を見ると一長一短になります。
条件は1点では足りません。 安静時の効率は運動時の効率を保証しません。
そして、転帰の改善は依然として未検証です。 前の記事で見たとおり5です。設計として合理的であることと、その設計が患者の予後を良くすることは、別の検証を必要とします。
30年かけて枠組みは洗練されました。指標も条件も増えました。それでも最後の検証だけが、まだ埋まっていません。
この記事で出てきた言葉
- 術式設計
- まだ存在しない形状を CFD で比較して術式を決める使い方。既存形状の評価ではなく、形状パラメータを振って指標で優劣をつける。
- 血流停滞
- 流速が閾値を下回る領域。導管やグラフトの余剰空間として現れ、血栓や狭窄の温床になる。エネルギー損失だけでは捉えられない。
引用文献(5 本)
-
1
de Leval MR, Dubini G, Migliavacca F ほか. Use of computational fluid dynamics in the design of surgical procedures: application to the study of competitive flows in cavopulmonary connections. The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery. 1996.↩
下大静脈吻合を右肺動脈側へ広げると損失最小 CFD 術式設計の起点となった1996年
- 2
- 3
- 4
- 5
ここで答えていない問い
- 連載を通して残る原則は何か。
第6章「同じ症例を別の施設が解析したら、同じ値が出るのか」より 最終更新 2026-09-08