ここまでで枠組みは揃いました。流れが乱れる場所に病変ができ、乱れは低い TAWSS と高い OSI として数値になり、内皮にはそれを感知する仕組みがある。筋の通った話です。
では、この枠組みはどれだけ検証されているのでしょうか。
通説を検証したレビュー
低ずり・振動ずり説の系統的レビューは、406編から選んだ27編を精査した結果として、「通説ほど強固ではない」と結論しました。
支持する報告は確かに多数派です。しかし、壁の上の点と点を直接対応させて比較した5編は、有意な関係を見いだせていません。 周方向や軸方向に平均してから比べると有意になる、という構図です。
平均の取り方が結論を決める
これは検証の失敗ではなく、もっと厄介なことを意味しています。
壁面せん断応力は壁の上の分布として得られます。病変も壁の上の分布です。この二つを突き合わせるとき、突き合わせ方には自由度があります。1点ずつ対応させるのか、血管を輪切りにして周方向に平均した値で対応させるのか、ある長さの区間で軸方向に平均するのか。
同じデータでも、このデータの縮約の仕方で相関の強さが変わります。平均する範囲を広げれば、局所のずれは打ち消されて全体の傾向だけが残ります。それで有意になったなら、成り立っているのは「低ずりの領域と病変の領域が大まかに重なる」であって、「この点が低ずりだからここに病変ができた」ではありません。
閾値の取り方も同じです。「低ずり」をどの値で切るかで、低ずり域の面積が変わります。病変の評価法も、内膜厚で見るのか、プラークの有無で見るのかで結果が動きます。
何を書けば比較できるか
この論文は、壁面せん断応力を指標として否定していません。報告の書き方を規定する論文として読むのが妥当です。
低ずりと病変が一致すると主張するなら、どの範囲でどう平均したかを書く。閾値を書く。病変をどう評価したかを書く。これがないと、他の報告と比べることができません。
自分の解析でも同じです。面や領域をどう区切って平均したかを明記しなければ、同じ問題を抱えます。
第1章のまとめ
この章で組み立てたのは、次の道具立てです。
病変の場所は偏り、その地図は流れが乱れる場所の地図と重なる。壁を擦る力は壁での速度勾配として定義でき、動脈では 10〜70 dyn/cm²、病変好発部では平均 0.5 dyn/cm² 前後。壁の側には内皮の感知機構がある。時間変化は TAWSS と OSI という二つの独立した指標に縮められる。
そして最後に、この枠組みを実際の病変に当てて検証すると、縮約の仕方が結論を左右することが分かりました。
第2章では、この「結論が揺らぐ」現象がもっと激しく現れた場所に入ります。頭蓋内動脈瘤では、高い壁面せん断応力と低い壁面せん断応力の両方が破裂に関連すると報告されました。揺らぎの原因は、平均の取り方ですらありません。