1-7 血流は血管壁に何をするのか

低ずり説は、どこまで検証されているのか

406編から27編を精査した系統的レビューの結論は「通説ほど強固ではない」。点対点で比較した5編は相関を検出できませんでした。平均の取り方が結論を決めています。

ここまでで枠組みは揃いました。1-1擾乱流が生じる場所に病変ができ、乱れは 1-6低い TAWSS と高い OSI として数値になり、内皮にはそれを感知する仕組みがある1と分かっています。筋の通った話です。

では、この枠組みはどれだけ検証されているのでしょうか。

低ずり・振動ずり説の系統的レビュー

低ずり・振動ずり説の系統的レビュー2は、406編から選んだ27編を精査した結果として、「通説ほど強固ではない」と結論しました。

支持する報告は確かに多数派です。しかし、壁の上の点と点を直接対応させて比較した5編は、有意な関係を見いだせていません。 周方向や軸方向に平均してから比べると有意になる、という構図です。

平均の取り方による低ずりと病変の相関の変化

これは検証の失敗ではなく、もっと厄介なことを意味しています。

壁面せん断応力は壁の上の分布として得られます。病変も壁の上の分布です。この二つを突き合わせるとき、突き合わせ方には自由度があります。1点ずつ対応させるのか、血管を輪切りにして周方向に平均した値で対応させるのか、ある長さの区間で軸方向に平均するのか。

同じデータでも、このデータの縮約の仕方で相関の強さが変わります。平均する範囲を広げれば、局所のずれは打ち消されて全体の傾向だけが残ります。それで有意になったなら、成り立っているのは「低ずりの領域と病変の領域が大まかに重なる」であって、「この点が低ずりだからここに病変ができた」ではありません。

閾値の取り方も同じです。「低ずり」をどの値で切るかで、低ずり域の面積が変わります。病変の評価法も、内膜厚で見るのか、プラークの有無で見るのかで結果が動きます。

滞留領域の閾値依存性

言葉だけでは掴みにくいので、実際の分布で確かめてください。下は健常ボランティアの 4D Flow から求めた滞留の分布です。しきい値のつまみを動かすと、色が付く領域が伸び縮みします。

健常ボランティアの大動脈における滞留の分布。しきい値を動かすと領域の広がりが変わる。「低ずり域の面積」や「滞留域の広がり」を数値として報告するとき、その値がしきい値と一体であることが見て取れる。

当社が取得した健常ボランティア1名の 4D Flow MRI から iTFlow で算出した分布です。本文で引用している文献の計測値とは別のデータです。

これが「閾値の取り方で面積が変わる」の実物です。健常者でも、しきい値をどこに置くかで滞留域はいくらでも広くも狭くもなります。「低ずり域が◯%を占めた」という報告は、閾値を書いて初めて意味を持ちます。

同じことが、この先の章で出てくるすべての面積系の指標に当てはまります。

低ずりと病変の一致を主張するときに書くべき記載

この論文は、壁面せん断応力を指標として否定していません。報告の書き方を規定する論文として読むのが妥当です。

低ずりと病変が一致すると主張するなら、次の三つを書く必要があります。

これがないと、他の報告と比べることができません。

自分の解析でも同じです。面や領域をどう区切って平均したかを明記しなければ、同じ問題を抱えます。

第1章のまとめ

この章で組み立てたのは、次の道具立てです。

1-1病変の場所は偏り、その分布は擾乱流が生じる場所の分布と重なります。1-2壁を擦る力は壁での速度勾配として定義でき、1-4動脈の生理的範囲は 10〜70 dyn/cm²で、細胞実験で擾乱流を模した条件はその二桁近く下にあります。壁の側には内皮の感知機構があります。1-6時間変化は TAWSS と OSI という二つの独立した指標に縮められます。

そして最後に、この枠組みを実際の病変に当てて検証すると、縮約の仕方が結論を左右することが分かりました。

第2章第2章では、この「結論が揺らぐ」現象がもっと激しく現れた場所に入ります。頭蓋内動脈瘤では、高い壁面せん断応力と低い壁面せん断応力の両方が破裂に関連すると報告され、その両立を説明する仮説3まで提出されています。揺らぎの原因は、平均の取り方ですらありません。

この記事で出てきた言葉

データの縮約
壁の上の分布を点ごとに比べるか、周方向や軸方向に平均してから比べるか。この選び方が統計の結論を変える。

引用文献(3 本)

  1. 1

    Chiu JJ, Chien S. Effects of disturbed flow on vascular endothelium: pathophysiological basis and clinical perspectives. Physiological Reviews. 2011.↩

    動脈 10〜70、病変好発部 0.5 dyn/cm² 内皮のスイッチが切り替わる境目

  2. 2

    Peiffer V, Sherwin SJ, Weinberg PD. Does low and oscillatory wall shear stress correlate spatially with early atherosclerosis? A systematic review. Cardiovascular Research. 2013.↩

    低ずり説、通説ほど強固でなし 点対点で比較した5編は相関を検出できず

  3. 3

    Meng H, Tutino VM, Xiang J ほか. High WSS or Low WSS? Complex Interactions of Hemodynamics with Intracranial Aneurysm Initiation, Growth, and Rupture: Toward a Unifying Hypothesis. AJNR American Journal of Neuroradiology. 2014.↩

    瘤を壊すのは高 WSS と低 WSS の両方 文献が真っ二つに割れる理由

ここで答えていない問い

  • 指標の側ではなく、対象集団の側で結論が変わることはあるのか。

第1章「血流は血管壁に何をするのか」より 最終更新 2026-09-07