4-2 流れを測る三つの道具
なぜ流量は閉じるはずなのか
入った分は出る。この物理が成り立つので、合わない量がそのまま自分のデータの誤差になります。外部の基準がなくても精度を測れる、数少ない手がかりです。
三叉路に進入した車の台数は、三方向へ出ていった台数の合計と一致するはずです。途中で車が消えたり増えたりしないなら、それ以外の答えはありません。
血流でも同じことが言えます。そしてこの当たり前が、血流解析でとくに重要な役割を担っています。
入った分は出る
血液はほとんど圧縮されません。ある区間に入った体積と、そこから出ていった体積は等しくなります。質量保存です。
具体的には、こういう関係が成り立つはずです。
- 左右の肺動脈の流量の和 = 肺動脈幹の流量
- 上大静脈 + 下行大動脈 = 上行大動脈(冠動脈へ向かう分を足す)
- 肺静脈の還流量 = 肺動脈の流量
どれも、測定の精度とは無関係に物理として成り立ちます。
合わない分が、誤差の大きさ
ここが効きます。この関係は必ず成り立つはずなので、合わない分はすべて測定と解析の誤差です。
血流解析には長く付きまとってきた問題があります。真の値が分からない。カテーテルで測れるのは1点の圧だけで、速度場全体の正解は誰も知りません。第6章では「画像ベース解析における真値は定義されていない」という一文まで出てきます。
質量保存はその例外です。外部の基準を持たずに、自分のデータの誤差を測れる。 数少ない手がかりです。
前の記事で読んだ国際合意声明が、これを日常の品質保証に組み込んでいるのは、そのためです。症例ごとに少なくとも1組の関係を確認する。導入時には健常者・患者10例で 2D 位相コントラストとの流量差が5%以内に収まるかを確認する。
下の図で確かめてください。三つの計測にそれぞれ誤差を入れると、左右の和と幹の値が合わなくなります。その差はすべて誤差です。 真の値を知らなくても、誤差の大きさだけは分かる。
誤差を 2〜3% に絞ると差はほぼ消えます。逆に 10% を超えると、症例によって差が基準を大きく外れます。同じ誤差の大きさでも、入り方によって通る症例と通らない症例が出ることも見えます。
同じ血管でも、面の置き方で動く
合意声明にはもう一つ、興味深い基準があります。上行大動脈に計測面を2〜4枚置いて、その差が5%未満であること。
同じ血管、同じ心拍、同じ流量です。それでも面の置き方で値が動きます。血管に直交していない面を切れば断面積が変わり、分岐に近すぎれば流れが乱れている場所を測ることになる。
この基準は、面の設定に起因するばらつきを自分で測る手続きです。5%を超えるなら、面の置き方を見直す。
この検査が保証しないもの
ここで一つ、はっきりさせておくべきことがあります。質量保存チェックが通っても、WSS が正しいことは保証されません。
理由は、二つの量の作り方が違うからです。
流量は断面全体で速度を積分した量です。壁際の1ボクセルが多少ずれても、断面全体で薄まって効きません。だから流量は比較的頑健に測れます。
WSS は逆です。前の章で見たとおり、壁際の速度勾配だけで決まる量で、そこ以外の情報は使いません。壁際の1ボクセルの誤差が、そのまま値の誤差になります。
つまり、流量が5%以内で閉じているデータでも、WSS の絶対値は数倍ずれうる。第6章でこの食い違いを実際に測った検証を読みます。
流量の整合性は、そのデータの WSS の妥当性を意味しません。 品質保証の対象が違います。
だから、何を書くか
どの組み合わせで保存を確認したか。差は何%だったか。 これを書けば、読者はそのデータの誤差の水準を自分で判断できます。
そして、その数字が保証しているのは流量までだということも、あわせて書く。
次の記事から、撮れた量のうち何が臨床で使えて何が研究段階なのか、その線引きを読みます。
この記事で出てきた言葉
- 質量保存
- 非圧縮の流体では、ある区間に入った体積と出た体積が等しくなること。左右肺動脈の和と肺動脈幹の流量が一致するはず、という関係の根拠。
- 内部整合性の検査
- 質量保存のように必ず成り立つ関係を使い、外部の基準なしに自分のデータの誤差を測る手続き。合わない分がそのまま誤差になる。
ここで答えていない問い
- この検査を通れば、WSS の値も信じてよいのか。
第4章「流れを測る三つの道具」より 最終更新 2026-09-08