4-2 速度場を得る三つの計測・解析手法
流量の収支による内部整合性の検査
血液は非圧縮なので、分岐に流入した量と流出した量は一致します。不一致は測定・後処理・対象範囲を見直す信号になりますが、誤差は相殺され得るため、収支残差は各測定値の誤差そのものではありません。
三叉路に進入した車の台数は、三方向へ出ていった台数の合計と一致します。途中で車が消えたり増えたりしないのであれば、ほかの答えはありえません。
血流でも同じ関係が成り立ちます。そしてこの当たり前の関係が、血流解析では特別な役割を担っています。
非圧縮流体における流量の収支
血液はほとんど圧縮されません。したがって、ある区間に流入した体積と、そこから流出した体積は等しくなります。これを質量保存といいます。
具体的には、次の関係が成り立ちます。
- 左右の肺動脈の流量の合計 = 肺動脈幹の流量
- 上大静脈 + 下行大動脈 = 上行大動脈(冠動脈への分流を加える)
- 肺静脈の還流量 = 肺動脈の流量
いずれも測定の精度とは無関係に、物理として成立します。
流量の収支が検出できるのは、整合しない成分です
血流解析には長く付きまとってきた困難があります。真の値が分からないという困難です。カテーテルで測定できるのは1点の圧力だけであり、速度場全体の正解を知る手段はありません。同一の画像を26チームが解析した国際チャレンジ1は、画像ベースの解析における真値は定義されていないと明記しています。
質量保存は、真値がなくても使える内部整合性の検査です。収支が合わなければ、測定、後処理、計測面、あるいは対象範囲のどこかを見直す必要があります。
ただし、収支残差は測定誤差の総量ではありません。たとえば真の流量が幹 100、左右枝 50 + 50 のとき、測定値が幹 120、左右枝 60 + 60 なら収支は一致します。それでも全測定値は 20% 高く偏っています。別方向の誤差が相殺される場合もあります。
したがって、合わなければ問題を検出できますが、合っていても正確さまでは証明できません。
ただし、差を誤差として読めるのは前提が揃っているときだけです。
- 検査領域(control volume)が正しく取れていること。 出入りする血管を1本でも数え落とせば、その分が誤差に見えます。
- 短絡(シャント)がないこと。 合意声明2も妥当性確認の対象をシャントのない症例としています。
- 小さい分流を勘定に入れていること。 冠動脈への分流は心拍出量の数パーセントを占めます。肺静脈の奇形排血のような解剖の変異も同じように効きます。
前提が崩れているときの差は、測定誤差ではなく解剖か領域設定の問題です。差が出たら、まず数え落としを疑ってください。
4D Flow CMR 合意声明の2023年アップデート2がこの検査を日常の品質保証に組み込んでいるのは、この性質によります。同声明は、症例ごとに少なくとも1組の関係を確認することを求めます。さらに装置の導入時には、健常者と患者10例で 2D 位相コントラストと比較し、流量差が5%以内に収まることを条件としています。撮像側の推奨値は 4-1前の記事で扱いました。
下の図で確かめてください。三つの計測にそれぞれ誤差を与えると、左右の合計と幹の値が一致しなくなることがあります。図では出入りの血管を数え落としていないので、この差は計測誤差のうち収支に残った成分を表しています。
誤差を 2〜3% に抑えると差は多くの場合小さくなります。10% を超えると、症例によって差が基準を大きく外れます。一方、同じ大きさの誤差でも、その向きによって基準を満たす症例と満たさない症例に分かれます。ここからも、収支残差と個々の測定誤差が一対一に対応しないことが分かります。
計測面の位置による流量値の変動
合意声明には、もう一つ注目すべき基準があります。上行大動脈に計測面を2〜4枚置き、その差が5%未満であることを求める基準です。
同じ血管、同じ心拍、同じ流量を測っています。それでも面の置き方によって値は変わります。血管に直交していない面で切れば断面積が変わり、分岐に近すぎる位置では流れが乱れている領域を測ることになります。
この基準は、面の設定に起因するばらつきを自分で測るための手続きです。5%を超える場合には、面の位置と向きを見直す必要があります。
質量保存の検査が担保しない指標
質量保存の検査には、対象とする範囲があります。検査を通過しても、そこから導いた指標まで正しいとは限りません。
理由は、量の作り方の違いにあります。
流量は、断面全体で速度を積分した量です。壁際の1ボクセルの値が多少ずれても、断面全体で薄まるため結果に強く響きません。この頑健さが、流量を比較的正確に測定できる理由です。
一方、1-2壁面せん断応力は壁のすぐ内側の速度勾配だけで決まり、それ以外の情報を使いません。したがって壁際の1ボクセルの誤差が、そのまま値の誤差になります。壁際の速度がどのように分布するかは 1-3境界層の記事で扱いました。同じことは 1-6振動せん断指数や相対滞留時間のように壁面せん断応力から作る指標にも当てはまります。速度勾配を積分するエネルギー損失も同じで、4D Flow の空間分解能で算出した検証3では最大80%の過小評価が生じています。
実測された食い違いの大きさは、同一症例を MRI と CFD の両方で解析した比較4では3〜5倍、形状と流量を完全に揃えたファントムの実験5でも3.7倍でした。つまり、流量が5%以内で一致しているデータであっても、壁面せん断応力の絶対値は数倍ずれる可能性があります。この2件は 第6章第6章の 6-2MRI と CFD を突き合わせた記事で詳しく扱います。
流量の整合性が保証するのは、流量までです。 空間微分を含む指標の妥当性は、別の手段で確かめる必要があります。
質量保存の確認結果として報告すべき項目
どの組み合わせで収支を確認したのか、そして差が何パーセントだったのかを書いてください。この2点があれば、読者はそのデータの内部整合性を判断できます。
あわせて、小さい残差は測定値の正確さを証明せず、保証できる範囲も流量の収支までであることを書き添えてください。
4-3次の記事では、取得できる量のうち何が臨床で使えて何が研究段階にあるのか、その境界を扱います。
この記事で出てきた言葉
- 質量保存
- 非圧縮の流体では、ある区間に入った体積と出た体積が等しくなること。左右肺動脈の和と肺動脈幹の流量が一致するはず、という関係の根拠。
- 内部整合性の検査
- 質量保存のように必ず成り立つ関係を使い、外部の基準なしに自分のデータの誤差を測る手続き。合わない分がそのまま誤差になる。
引用文献(5 本)
- 1
- 2
- 3
- 4
- 5
ここで答えていない問い
- 流量の収支が合っていれば、壁面せん断応力の値も信頼できるのか。
第4章「速度場を得る三つの計測・解析手法」より 最終更新 2026-09-16