4-6 流れを測る三つの道具
三つ目の道具 — 計算で解く
CFD は分解能を自分で決められる唯一の道具です。ただし細かく解けることと正しいことは別で、代わりに手間を払います。前処理は手作業、1心周期の計算は日単位。
三つ目の道具は、測るのではなく解く方向です。血管の形をコンピュータ上に作り、そこに流体の方程式を解いて速度場を得ます。計算流体力学(CFD)です。
前の二つと決定的に違う点が一つあります。分解能を自分で決められる。 MRI のボクセルサイズやエコーのサンプリング間隔は装置が決めますが、CFD の格子は自分で切ります。
壁際で何が起きているか
分解能の話は、壁際に来ると具体的になります。三つの道具は、空間の刻み方そのものが違います。
- エコーはセクタプローブから扇形に、極座標でサンプリングする
- MRI は直方体のボクセルで区切る
- CFD は多面体の格子で区切る。壁際だけ薄く重ねることもできる
第3章と第4章で繰り返し出てきたとおり、WSS は壁のすぐ内側の速度勾配です。空間微分なので、壁際の刻みの細かさが値をそのまま決めます。
CFD なら壁際に薄い層を何枚も重ねられます。実際、大動脈弓の検証では最外層の厚みを 30 µm に取った例があります。MRI の 1〜2 mm ボクセルとは二桁違います。だから同じ症例でも WSS の絶対値が数倍ずれる。第6章で読む比較検証は、この差を消去法で確かめたものです。
下の図は、血管壁の同じ場所を三通りに刻んだものです。拡大していくと、壁から 1 mm の中に刻みがいくつ入るかが変わります。
MRI の 2 mm ボクセルでは、勾配が立っている層をボクセルが跨いでしまいます。跨いだ時点で、傾きは必ず緩く出ます。 CFD で最外層を 30 µm に取れば、同じ 1 mm の中に十数層が入ります。
細かく解けることは、正しいことではない
ここを混同すると危険です。CFD は計測ノイズを持たず、いくらでも細かく解けます。しかしそれは「入力が正しければ細かく解ける」という意味でしかありません。
第6章で読むように、同じ画像を26チームに渡した国際チャレンジでは、瘤内平均 WSS のばらつきが変動係数48%に達しました。ソルバーの精度が足りなかったからではありません。形状の切り出し方と流入条件の与え方が割れたからです。
分解能は自分で決められる。境界条件は自分で決めなければならない。 後者が、CFD の結果を左右します。
手間を払う
CFD が他の二つと違うもう一つの点は、時間です。
| 心エコー(VFM) | 4D Flow MRI | CFD | |
|---|---|---|---|
| 所要時間 | 10分程度 | 数時間 | 1日〜数日 |
| 次元 | 2次元 | 2次元・3次元 | 3次元 |
| 壁の動き | 扱える | 扱える | 難しい |
| 空間分解能の目安 | 0.1〜1 mm | 1〜3 mm | 0.03〜3 mm(自分で決める) |
| 向く対象 | 心室・心房 | 心室・心房・大血管 | 血管 |
所要時間の内訳が実務では効きます。第6章で読む手術計画の総説では、形状の切り出しに作業時間の約40%がかかり、1つの手術案あたり人手で約10時間、計算に64プロセッサで約48時間という数字が挙げられています。
前処理——形状の抽出と平滑化——は、いまも大半が手作業です。ここが自動化されていないことが、CFD を日常診療に乗せられていない理由の一つです。
壁を動かすという壁
表の「壁の動き」の行に注目してください。エコーと MRI は実際の壁の動きを撮っていますが、CFD で壁を動かすのは難しい。
流れと構造の変形を同時に解く流体構造連結解析(FSI)という手法があります。ただし弁の開閉のように変形が大きい問題では、格子の変形が破綻しやすい。加えて、血管の弾性特性を一様と仮定せざるを得ないことが多く、動脈硬化のように性質が場所で違う血管では検証そのものが難しくなります。
多くの解析が剛体壁を仮定しているのは、この事情です。剛体壁の仮定で WSS が最大30%変わるという報告があり、これは仮定として明記すべき事項になります。
三つを並べて
第4章で三つの道具を見ました。整理すると、選択の基準は一つに絞れます。
何を測りたいのか。
流量や逆流分画なら、実測できる MRI かエコーで足ります。壁際の絶対値が要るなら CFD しかありません。ベッドサイドで繰り返したいならエコー。まだ存在しない形状を評価したいなら CFD だけができます。
そして、どの道具を使っても——ここまで繰り返してきたとおり——値は条件を含んだ量です。 装置が決めた条件か、自分が決めた条件かの違いはありますが、条件を書かずに値だけを比べることはできません。
この記事で出てきた言葉
- 計算流体力学(CFD)
- 血管の形状をコンピュータ上に作り、流体の方程式を解いて速度場を求める手法。分解能を自分で決められる代わりに、境界条件も自分で決めなければならない。
- 空間の離散化
- 連続した空間を有限の要素に区切ること。エコーは極座標、MRI はボクセル、CFD は多面体格子で区切る。壁際の刻みの細かさが WSS の値を決める。
ここで答えていない問い
- 計測を最小にする道、あるいは閾値から逃れる道はあるのか。
第4章「流れを測る三つの道具」より 最終更新 2026-09-08