はじめての人へ 5分で分かる CFD
CFD を初めて見る人のための部です。計算の中で何が起きているのかを、ブラウザの中で動く小さな計算と、血流の基本の数値で示します。最後に、話の種になる雑学とクイズを置いています。
空間を細かいマス目に分け、マス目ごとに流れの式を少しずつ解く
数値流体解析(CFD)は、流れの方程式を、空間を小さなマス目(計算格子)に分けて近似的に解く方法です。マス目ごとに、隣のマス目との間で質量と運動量をやりとりさせ、時間を少しずつ進めます。下の図は、その計算をこのページの中で実際に動かしています。
CT や MRI から血管の内腔の形を取り出します。
形の中を、数十万〜数百万の小さな要素に分けます。
入口から入る流れ、出口の圧、壁の性質、血液の粘性を与えます。
質量と運動量の保存の式を、時間を少しずつ進めながら解きます。
格子を細かくしても答えが変わらないかを確かめ、壁面せん断応力や圧を読みます。
血流の式を解いた数学者は、チューリングを雇った人だった
血流の CFD の周りには、話の種になる事実がいくつもあります。カードを押すと、詳しい説明が開きます。
5問のクイズ
年代順にたどる 1955 →
ここから歴史に入ります。拍動流の理論から、計算機の中の心臓、動脈硬化とせん断の関係、画像から作る患者の血管、そして臨床の検査になった CFD までを、古い順に5つの章で読みます。
心拍で揺れる血流は、Womersley の式で解けた
動脈の血流は、心拍のたびに加速と減速を繰り返します。1955年、Womersley は圧力勾配が分かれば管の中の速度分布を計算できる式を示しました。この式は、いまも CFD の入口の条件や検証に使われています。
拍動の速さと管の太さ、血液の粘性の比は、Womersley 数(α)という1つの無次元数にまとまります。α が小さいと速度の分布は放物線のまま前後に揺れ、α が大きいと中央が平らになり、壁の近くで流れが先に向きを変えます。血液は赤血球を含むため粘性が一定でない非ニュートン流体ですが、太い動脈ではその影響が小さいことも、1990年代までに整理されました。
動脈硬化は、血流が壁をこする力の弱い場所に生じやすい
動脈硬化のプラークは、血管のどこにでもできるわけではありません。1969年、Caro は早期の病変が壁のせん断の小さい部位に分布することを論じ、1985年、Ku は頸動脈の分岐部の模型で、低くて向きの入れ替わるせん断の部位にプラークが重なることを示しました。
血液が血管壁を流れの向きにこする力を壁面せん断応力(WSS)と呼びます。内皮の細胞は WSS を感じ取り、低く向きの入れ替わる WSS の部位では動脈硬化を促す性質に変わります。WSS は血管の中で直接測ることが難しく、計算で求める動機になりました。振動せん断指数(OSI)や相対滞留時間(RRT)のような指標も、この研究の流れから生まれています。
動く弁を計算するために、格子の上に「見えない力」を置いた
1972年、Peskin は心臓の弁のまわりの流れを計算する方法を発表しました。弁は流れに押されて動き、流れは弁に押されて向きを変えます。Peskin は、固定した計算格子の上に弁の弾性線維を置き、線維の力を周りの格子に配る方法(埋め込み境界法)でこの連成を解きました。
1990年代には、有限要素法で頸動脈の3次元の拍動流と壁の変形を解くモデルが作られ、1998年には Taylor らが血管の血流を解く有限要素法の計算基盤を示しました。理論の式が当てはまらない複雑な形の血管でも、計算で流れを求められるようになります。
MRI と CT から、一人ひとりの血管を計算機の中に作る
1998年、Milner らは MRI で健常者の頸動脈の形と流量の波形を取り、その人の血管の形で WSS を計算しました。理想化した形と比べると、個人ごとの形の違いが WSS の分布に大きく影響しました。患者ごとの形で計算する意味が、ここで示されました。
画像に基づく CFD は、画像の撮影、血管の切り出し、計算格子の作成、流れの計算、結果の表示という手順で進みます。2008年には大規模な研究のための自動化の枠組み(VMTK)が、2017年にはオープンソースのソフトウェア SimVascular の再構築が報告されました。
冠動脈 CT から FFR を計算し、CFD が臨床の検査になるまで
冠動脈の狭窄が心筋の虚血を起こしているかは、カテーテルで狭窄の前後の圧を測る冠血流予備量比(FFR)で判定します。2011年の DISCOVER-FLOW 試験は、冠動脈 CT の画像に CFD を当てはめて FFR を計算する方法(FFRCT)の診断能を、カテーテルの FFR と比べました。
FFRCT は、2012年の DeFACTO、2014年の NXT と多施設試験を重ね、2014年に米国 FDA の承認を得ました。CFD の結果が、医師が治療方針を決めるときの判断材料の一つになりました。2016年には、CFD の計算結果を学習した機械学習で FFR を数秒で予測する方法も報告されています。2018年には FDA の研究者が、計算モデルを医療機器の審査の証拠として使うための取り組みをまとめました。
テーマ別に見る
ここからは、境界条件、動く壁と弁、脳動脈瘤、先天性心疾患、検証、計測との融合、論文の件数、日本といったテーマごとに、年代をまたいでたどります。各章は年代を少しさかのぼって始まります。
計算する血管の外側を、電気回路で置き換える
計算できるのは、画像に写った太い血管だけです。その先に続く無数の細い血管が流れにかける抵抗と、血管壁の伸び縮みは、計算の出口の条件として与える必要があります。CFD の結果は、この境界条件で大きく変わります。
末梢の血管網は、抵抗とコンデンサーからなる Windkessel モデル(集中定数モデル)で表します。1999年には慣性を加えた4要素モデルが提案され、2000年代には3次元の CFD と1次元・0次元のモデルをつなぐマルチスケールの方法が整いました。
拍動で膨らむ血管と開閉する弁を、流れと同時に解く
多くの CFD は血管壁を動かない硬い管として計算します。しかし大動脈は拍動のたびに膨らみ、弁は1秒に1回開いて閉じます。流れと壁の変形を同時に解く流体構造連成(FSI)の計算は、2000年代に大きく進みました。
2003年に大動脈弁の開閉、2006年に変形する動脈の血流を扱う連成運動量法と、CAD と同じ基底関数を使うアイソジオメトリック解析が報告されました。心臓の中では、MRI や CT で得た心室の動きを与えて、拡張期に心室の中にできる渦を計算する研究が続いています。
破裂するのは、WSS が高い瘤か、低い瘤か
未破裂の脳動脈瘤を治療するか経過を見るかは、破裂の危険の予測で決まります。CFD はその手がかりとして期待されましたが、破裂と結びつくのは WSS が高い瘤だという報告と、低い瘤だという報告が並びました。
2004年に Shojima らは瘤の先端の低い WSS を、2005〜2011年に Cebral らは集中した流入と高い最大 WSS を、破裂と関連づけました。2012年には治療の判断への有用性を疑う論説が出て、2014年に Meng らは、高い WSS と低い WSS がそれぞれ別の経路で瘤の成長と破裂を引き起こしうるという統一的な仮説を示しました。2018年の国際的な比較では、同じ5例の画像を26チームが解析し、血管の切り出しの違いで結果が大きくばらつくことが示されています。CFD の指標を、治療するかどうかの判断にどう使うかは、まだ定まっていません。
単心室の子どもの血管のつなぎ方を、手術の前に計算で比べる
心室が1つしかない子どもは、上下の大静脈を肺動脈に直接つなぐフォンタン手術を受けます。心臓のポンプを通らずに肺へ流れるため、つなぎ方で生じるエネルギーの無駄が、その子の一生の循環に響きます。1996年、de Leval と Dubini らは、このつなぎ方を CFD で比べました。
2007〜2009年に Marsden らは、患者の形で呼吸と運動の影響を計算し、新しい Y 字型の人工血管を提案しました。2009年には板谷慶一らが、心外導管の太さをエネルギー損失と血流の停滞から論じ、17例の形に基づく数値モデルの条件では 16〜18 mm の導管が最も効率がよいと結論しました。2014年には100例のフォンタン患者で、MRI から作った形でエネルギー損失が定量されました。
同じ問題を解いても、答えは研究室ごとに違った
2011〜2012年、米国 FDA は、単純な形のノズルの流れを複数の研究室に計算させ、実験と比べました。同じ問題でも、結果は研究室ごとに大きくばらつきました。CFD を医療に使うには、計算の正しさを確かめる手順が要ることが明らかになりました。
2011年には、脳動脈瘤の中で収縮期の直後に流れが乱流へ遷移しうることが高解像度の計算で示されました。2013年と2018年の国際的な比較でも、計算の条件や血管の切り出しの違いで結果がばらつくことが確かめられています。2018年には、計算モデルを医療機器の審査の証拠として使うための考え方を FDA の研究者がまとめました。
測った流れと計算した流れを、一つにする
MRI で血流を測る 4D Flow MRI が広がると、CFD の結果を実測と比べられるようになりました。2009年には脳動脈瘤で、2017年には大動脈弓で、両者の流れのパターンが比べられています。
2020年には、流体の方程式を組み込んだ深層学習で、画像から速度と圧力を推定する方法や、4D Flow MRI の速度から動脈の圧の波形を求める方法が報告されました。患者ごとの計算モデル(デジタルツイン)で循環器の医療を個別化するという考えも、2020年に示されています。
血流 CFD の論文は、2000年の年19件から2025年の年496件へ
PubMed で、CFD と動脈・血流の語を題名・要旨に含む論文は、2000年の19件から2025年の496件に増えました。2021年以降は年440〜500件で、伸びは緩やかになっています。深層学習を含む論文だけは、2023年の26件から2025年の52件へ倍に増えました。
テーマごとの論文の件数(年別)
色が明るいほど件数が多いことを表します
国別の論文の件数(通算)
所属に国名を含む論文を数えています。1本が複数の国に数えられます
世界4位の日本が、脳動脈瘤とエネルギー損失の研究で残したもの
日本の所属を含む血流 CFD の論文は PubMed で394件あり、国別では米国、中国、英国に次ぐ4位です。1980年に神谷と戸川は、血管が壁のせん断速度をほぼ一定に保つように太さを変えることを動物実験で示し、この分野の古典になりました。
2004年の庄島らによる脳動脈瘤の低い WSS の報告、2009年の下権谷らによる瘤の発生の指標、2012年の高尾らによる未破裂瘤の経過観察の解析は、脳動脈瘤の CFD で国際的に引用されています。先天性心疾患では、2009年の板谷らのエネルギー損失の研究があります。2017年には当社の宮崎・板谷らが、CFD を 4D Flow MRI で検証しました。
日本の所属を含む血流 CFD 論文(年別)
研究を設計する人へ 70年分の研究の型
これから CFD の研究を始める人と、すでに研究している人のための部です。70年の研究が CFD をどう使ってきたかを6つの型に分け、プロトコルを決めるときの分かれ道を、根拠になった論文とともに並べます。
血流 CFD の研究は、6つの型に分けられる
本稿の82本を読むと、CFD の使い方は6つの型に分かれます。型によって、必要な症例数、比べる相手、主な落とし穴が違います。自分の研究がどの型かを最初に決めると、その後の選択の多くが決まります。
プロトコルを決める12の分かれ道と、そこで先人が見つけたこと
CFD の結果は、計算の前に決める条件で変わります。どの条件がどれだけ結果を動かすかは、論文が少しずつ明らかにしてきました。分かれ道ごとに、選択肢と、結果に何が起きたかを並べます。行を押すと根拠の論文が開きます。
26チームが同じ画像を解くと、WSS は最大56%ばらついた
2015年の国際比較では、5例の脳動脈瘤の画像を26チームが解析し、瘤の平均 WSS の四分位範囲が最大56%に達しました。ただし親血管の値で割ると、ばらつきは30%未満に下がりました。比べ方を工夫するだけで、結論の強さは変わります。
最も引用された10本
本稿の82本の被引用数(OpenAlex、2026-10-22 取得)。棒を押すと論文の要点が出ます
まだ答えのない5つの問い
画像から結果まで、どのソフトで何をするか
血流 CFD の作業は、形を作る、格子を作る、解く、見る、の4段階に分かれます。段階ごとに、研究でよく使われるソフトウェアを並べます。オープンソースのものだけで一通りの研究ができます。
各ソフトウェアの説明は公開の情報によります。SimVascular は Updegrove 2017、VMTK は Antiga 2008 に基づきます。当社の iTSimulation は OpenFOAM を改変したソルバーを使っています。
計算が手術室と診察室に入る日 — 6つの予測
ここから先は予測です。論文の件数と、ここまでの章で見た研究を根拠にしています。確度の低い予測も含めています。
本稿で参照した論文
すべて PubMed または Crossref で書誌を確認しています。被引用数は OpenAlex の値(2026-10-22 取得)です。